[NO.1285] 読まずにはいられない

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読まずにはいられない
北村薫
新潮社
2012年12月20日 発行

久々に北村氏の新作エッセイを読む。内容はデビュー前後の古いものから数年前のものまで、幅広かった。

もともと著者の興味関心は国文学関連でも奥深かったので、あらためてそのあたりのことも触れられており、面白かった。『六の宮の姫君』を読むと、芥川と菊池寛との交友について、よくぞここまで知っていたなあと思ったが、学生時代に古本屋で菊池寛の全集を買う場面が出てきて納得した。なかなか菊池寛まで学生時代に読もうとは思わないだろう。

それと、心底本格もの推理小説を好きだったし、今も好きなことがわかった。おかしかったのは、本格ものについて触れている中で、ホーガンの『星を継ぐもの』まで飛び出てきたところ。その前後には推理小説の書名が並んでいる中、さらっと登場した『星を継ぐもの』に、目を疑った。

巻末にぞろぞろ挙げられている書名にも、あらためて著者らしさを感じた。

【追記】
どこをとっても読みたくなる紹介ばかりの中、惹かれた本。
『「レ・ミゼラブル」百六景』鹿島茂著/文春文庫

『仙人の壺』(南伸坊著)について述べている中、おやっと思ったので引用。
p249

最後に、それこそ蛇足なのですが、「まえがき」で伸坊さんは、「山月記」の《もとになった『宣室志』の「虎と親友」》と書いていらっしゃいます。これが、ちょっと違うのです。
前野直彬氏訳のこのあたりのものは、いずれも平凡社から、まず『中国古典文学全集6  六朝・唐・宋小説集』が昭和三十四年に、続いて唐代のもののみをまとめた『東洋文庫2・16 唐代伝奇集』が昭和三十八・九年に、さらに『中国古典文学大系24 六朝・唐・宋小説選』が昭和四十三年に出ています。
伸坊さんは、この『全集』本を最初に読まれたのではないかと思います。その解説に、《中島敦が『宣室志』の「虎と親友」によって「山月記」を書いたことなどは、あらためて指摘するまでもなかろう》と書かれているからです。
わたしも学生の頃、ここを読んで《そうか》と思いました。ところが、そうだとすると、「山月記」に出て来る詩の出典などの説明がつかない。実は、中島敦がもとにしたのは徴妙に違う別系統の話、唐の李景亮撰「人虎伝」なのです。内容からいってもそうだし、中島のノートにも「人虎伝」と書かれているので、動かないところです。
前野氏もそれを指摘されたのでしょう。最後の『大系』本の解説では、同じ流れの中で、《たとえば芥川が「杜子春」を書いたように、志怪・伝奇に取材した作品が幾つか書かれている》と、「山月記」のくだりをカットしています。しかし、すでに出版してしまった本は直せない。書き手にとっては、つらいところです。
勿論、これは伸坊さんの論旨に影響を与えるものではありません。ただ、誰か細かいところをつつく人がいて(あ、わたしか)、《それは違うんじゃないの?》などと出て来られるのも嫌なので、この機会に書き添えておきます。
仙人は、そんなこと、気にしないんですけどね。

教室で北村氏の授業を受けているような気になる。高校の国語教科書に載っている「山月記」。その元となったものがどれなのか。作家になる前、高校で教壇に立っていた北村薫先生は、教材研究で下調べをしたのでしょう。それにしても、こんな有名な作品(「山月記」)のことなのに、間違ったことが出版されているとは。

すでに出版してしまった本は直せない。書き手にとっては、つらいところです。

作家である北村さんには痛いほどわかるのでしょう。平凡社『中国古典文学全集6  六朝・唐・宋小説集』の解説、読んでみたくなった。


「~ずにはいられない」シリーズ3部作
・ [NO.1285] 『読まずにはいられない 北村薫のエッセイ』
[NO.1324] 『書かずにはいられない 北村薫のエッセイ』
[NO.1442] 『愛さずにいられない 北村薫のエッセイ』