
はなかっぱ お花コレクション 《シーズン2026年7・8・9月期》最終日578ポイント で終了でした。40ポイントは1回出ただけです。
ちなみに、ひとつ前の期間《シーズン2026年4・5・6月期》の合計は600ポイント超えだったのに、うっかり画像を残すのを忘れてしまいました。今回は昨日から気合いを入れて待っていました。
日々のあれこれ

はなかっぱ お花コレクション 《シーズン2026年7・8・9月期》最終日578ポイント で終了でした。40ポイントは1回出ただけです。
ちなみに、ひとつ前の期間《シーズン2026年4・5・6月期》の合計は600ポイント超えだったのに、うっかり画像を残すのを忘れてしまいました。今回は昨日から気合いを入れて待っていました。
| マリア・テレジアとヴィクトリア/二大女帝の国家運営手腕/朝日選書 関田淳子 朝日新聞出版 2026年08月25日 第1刷発行 285+9頁 |
「二大女帝の国家運営手腕」なるサブタイトルからは、今時の流行りものめいたビジネス書と混同されてしまいそうだが、こちらとしてはそうした興味はさらさらない。
数多出版されたヨーロッパ史を扱った歴史書とは毛色の違った切り口で読ませてくれやしないかと期待したのが手にした理由。その線に沿って読んだ限りの感想でありますが、おもしろく読めました。
二人の生没年を並べてみると
マリア・テレジア 1717年~1780年
ヴィクトリア 1819年~1901年
とだいぶ時代に違いがある。では、その共通項は? そこで忘れてしまわないでくださいというのが、スペイン・ハプスブルグ帝国の存在でした。大英帝国よりも前に「太陽の沈まぬ帝国」と呼ばれたのがスペイン・ハプスブルグ帝国でした。
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目次 まえがき 3 第一章 女帝マリア・テレジアとその時代 7 第二章 ヴィクトリア女王とその時代 97 第三章 二大王家の財源 197 第四章 二大女帝の実像 233 あとがき 283 |
口絵代わりに載っている巻頭2枚の地図がいい。
「18世紀中頃のヨーロッパ」には神聖ローマ帝国の境界(線)とオーストリア・ハプスブルク家領(グレーの塗りつぶし)
「19世紀後半の大英帝国」には、世界地図に大英帝国領がグレーの塗りつぶし
「19世紀後半の大英帝国」のわかりやすさと「18世紀中頃のヨーロッパ」のわかりにくさをどう解きほぐすかが、こちらの目的なので、あながち「二大女帝の国家運営手腕」という視点からの本書、おおきな支障はなかったかと。
政略結婚が共通。マリア・テレジア自分自身と四女のみが恋愛結婚だったという。
◆ ◆
裏表紙の概略文章は、あちこちのネット上にある本書紹介で読むことができるので、「あとがき」から抜粋を。
P.3
歴史上で「太陽の沈まぬ帝国」と称された二つの帝国、ハプスブルク帝国と大英帝国。ハプスブルク家は十三世紀から二十世紀までの六四五年という長期政権を維持した、ヨーロッパ最大の王朝。「太陽の沈まぬ帝国」と称された一つは正確にはスペイン・ハプスブルク帝国であるが、スペイン・ハプスブルク家消滅後もオーストリア・ハプスブルク家は長く存在した。オーストリア・ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジア(生没年:一七一七~八〇)は同家唯一人の女帝で、十八世紀、危機に瀕したハプスブルク帝国を死守した女帝である。
もう一方の大英帝国は、その全盛期に全世界の陸地と人口の約四分の一を図版に収め、世界史上最大の領土面積を誇った超大国。女王(女帝)ヴィクトリア(生没年:一八一九~一九〇一)は、産業革命後のイギリスの平和(パックス=ブリタニカ)のもと、圧倒的な工業力と軍事力を背景に一大植民地帝国を築き上げ、大英帝国を打ち立てたドイツ人のイギリス女王である。
(途中略)
ハプスブルク帝家とイギリス王家、この両家には歴史的にも大きな相違がある。ハプスブルク家は十三世紀以来、同じ一族によって統治され、六四五年間もヨーロッパ史に輝いた一方で、イギリス王家はイギリス以外の多くの「輸入王家」による血で血を洗う戦いによって王位が継承され、今日に至る。
(途中略)
「守りの女帝」マリア・テレジアと、「攻めの女帝」ヴィクトリアという対照的な二人の女帝。二人が生きた時代は異なるものの、その統治法や政策、外交方針などは、不透明な世界情勢のなかに生きる現代人に、なんらかの示唆やメッセージを伝えているようだ。
「ドイツ人のイギリス女王」というが、マリー・アントワネットの名を出すまでもなく、マリア・テレジアは多くの国々へ娘を嫁がせたのだから、政略結婚であることには違いがない。
| 四方田犬彦の引っ越し人生 四方田犬彦 交通新聞社 2008年06月30日 第1刷発行 207頁 |
これまでに(といっても刊行年が2008年と古いけれど)著者がこれまでに住んだところを紹介しながら、そのときどきの仕事やかかわった人物とのやりとりなどを紹介している。それにしても引っ越しの回数が17回は多いな。
かつての私小説のようなエッセイのようなこの文体は、《(P.207)本書の元になるエッセイを2005年から2007年にかけて『散歩の達人』誌に連載し》ていたと聞けば納得しました。
自虐風でありながら、どうもはなにつくところがちらちら感じられるのは、坪内祐三さん以上ではないかな。っといいながら、嫌いじゃない。
四方田犬彦さんの著書は、検索してみると、このブログのなかですら4冊も出てきました。こんなに読んだっけ?
[NO.1484] 女王の肖像/切手収集の密かな愉しみ
[NO.1094] ハイスクール1968
[NO.928] 月島物語/集英社文庫
[NO.411] 新潮3月号/第104巻第3号/四方田犬彦「先生とわたし」
ところが『女王の肖像』くらいしか、記憶にありません。『ハイスクール1968』も『月島物語』も『先生とわたし』もまったくといっていいほど覚えていない。
本書『四方田犬彦の引っ越し人生』を読み進めていると、いきなり月島の長屋が出てきたことで思い出しました。だれかが四方田犬彦は最近月島にある長屋に引っ越したんだと話題にしていたのです。
そんなことを書いたのはだれだったっけなあ。まるで夢を見ているような気分になってきます。赤瀬川原平さんかな。同じ頃、南伸坊さんの引っ越した先は、月島ではないけれど、当時流行した言葉「ウォーターフロント」エリア(豊洲とか晴海とか)に建った高層マンションだったのかな。いやいや、そんなはずはない。トレンディな高層マンション群とは違った、もっと低層建築に入居したのはいいけれど、そのお住まいは防潮堤の外側にあるというホラーのような笑えない現実を笑っているという紹介記事だったような。いざというときには無情に閉じてしまうという巨大扉の脇で笑っている辛抱さんの写真を見たような。うーん、どんどん四方田さんから逸脱していく。
そうそう本書には手書きの地図が添えられているのがいい。太いマジックで描いた味のあるイラスト風地図が、それぞれの転居先の紹介になっています。インターネットで地図どころか現地の画像までもが簡単に見られる現在では、かえってこんな地図のほうが新鮮です。
そしてこれが坪ちゃんの『玉電松原物語』に、同じく添えられていた手書きの地図のことを連想させたんじゃないかな。図柄も似ているし。
引っ越し先の住所が番地まで書かれているのには驚いた。さすがにすべての住所が公開されてはいませんが、刊行物に公開してしまうのはあまりにも大胆。こんなの初めてです。個人情報もなにもあったものじゃない。

お金と手間をできるだけかけない方針で運用してきた自宅サーバーですが、さすがに消耗品の最たるものであるハードディスクには悠長なことをいってられない。
【S.M.A.R.T.情報】によればPower_On_Hours(累積通電時間)5万時間を軽く超えていた。先日のデータで51958時間。もうじき6年になろうかという時間です。
Geminiによれば
結論から申し上げますと、ハードウェアとしての寿命(経年劣化)が限界を迎えており、いつ壊れてもおかしくない非常に危険な状態です。セクタ不良などの「致命的な破損」はまだ起きていませんが、パーツが消耗しきっています。
(途中略)いつヘッドが物理的に破損してもおかしくありません。
今すぐ取るべきアクションとして、データのバックアップとドライブの交換(使用中止)
部品の寿命限界(750万回アクセス)を超えてもなお、奇跡的にセクタエラーを出さずに耐え抜いている(略)まさに「大往生」と言える(以下略)
だそうです。使っているのは耐久性能の優れた高級HDDなどではありません。ありきたりのPC用の格安品。
こんなに長い期間、エラーも出さずに使うことができた理由として、Geminiは電源が入った回数が、ただの27回であること、低い温度に保たれていることを挙げています。
なにはともあれ、このたび、今年のAmazonプライムデーで購入しておいた格安HDDと交換しました。それにしても価格が高騰していて困ったものです。
| 【Amazon.co.jp限定】Western Digital ウエスタンデジタル WD Blue 内蔵HDD ハードディスク 4TB CMR 3.5inch SATA キャッシュ128MB 5400rpm WD40EZZX-AJP エコパッケージ 【国内正規代理店品】¥21,880(プライム価格) |
| 巻頭随筆 百年の百選 編者 文藝春秋 株式会社 文藝春秋 2023年01月30日 第1刷発行 415頁 |
前世紀のこと、小林信彦御大の随筆に。それまで読んでいたサスペンスなどの小説の激しい展開に疲れ、上林暁の私小説が読みたくなり全集を購入したとのこと。さもありなん、と思いてより幾星霜。
それを記した小林御大の年齢は超えたとおぼしき我が現在。こんなのが読みたかったのだよ。という渋い本(by 坪ちゃん)が本書です。
毎年出ている日本文藝家協会『ベスト・エッセイ』とは、また違った面白さ。
◆ ◆
以下、出版社サイトから引用
百年分の月刊「文藝春秋」から選び抜かれた百篇の随筆集
名文は、時を越えていく――。2023年、創刊100周年を迎えた月刊「文藝春秋」。100年の間に数々の著名人が寄稿した7000を超える「巻頭随筆」の中から、厳選された100篇を一挙収録。文藝春秋の創設者・菊池寛とは切っても切れない仲である芥川龍之介をはじめとした、名物連載の第一回も収められている。大正・昭和・平成・令和という四つの時代がそれぞれに活写される随筆集。登場する方々●時実新子/淡谷のり子/佐伯彰一/野坂昭如/陳建一/保阪正康/赤井英和/野田宣雄/サトウサンペイ/渡辺淳一/坂本多加雄/河合隼雄/木村尚三郎/白川静/中島誠之助/吉行和子/福原義春/石井桃子/中西進/尾崎護/野上照代/小泉純一郎/芦田淳/大野晋/森繁久彌/緒方拳/橋本龍太郎/榊莫山/大島渚/松浦寿輝/岸田秀/平川祐弘/中村紘子/養老孟司/柴門ふみ/大山のぶ代/C.W.ニコル/松田昌士/角田光代/加藤紘一/国谷裕子/丸谷才一/有馬稲子/加藤一二三/宍戸錠/岡野弘彦/田辺聖子/堺雅人/寛仁親王/長嶋茂雄/渡邉恒雄/浅田次郎/小池真理子/立川談春/宮城谷昌光/山本容子/梅原猛/山村紅葉/イモトアヤコ/先崎学/徳岡孝夫/船橋洋一/芥川龍之介/小泉信三/高橋誠一郎/田中美知太郎/林健太郎/竹山道雄/司馬遼太郎/阿川弘之/立花隆/藤原正彦/木下恵介/瀬戸内晴美/吉行あぐり/海音寺潮五郎/宮澤喜一/藤原てい/遠藤周作/田村隆一/吉増剛造/井伏鱒二/池波正太郎/高峰秀子/金子兜太/高木俊朗/鈴木健二/小林信彦/芥川也寸志/中村光夫/長新太/松谷みよ子/河野多恵子/宮本輝/日野啓三/色川武大/小森和子/向田邦子/松岡筆子/水木しげる/江國滋/金田一春彦/吉村昭/松本清張/安野光雅/津村節子/須賀敦子/井田真木子/藤沢周平/赤川次郎
「名文」とはこれいかに。100年の間には、もっと名文家と呼ばれた重鎮がおられたことでしょう。そこがジャーナリズムと文壇・論壇との違いなのか。インタビュー記事のようなものまで。
ここで、本書収録作からマイ・ベスト〇〇を。(某所での北村薫先生にならって)順不同です。
P.148
マルタ島と日本海軍 平成17(2005)年6月
C・W・ニコル(作家)
英国海軍軍人だった私の父が大事にとっていた新聞の切り抜きがある。父の祖母が、いずれも英国海軍の制服に身を固めた息子五人とともに写った写真が載った切り抜きだった。つまりこれは私の祖父と大叔父たちの写真ということになるのだが、その撮影から一カ月後、五人のうちの末っ子が戦死した。
一九十四年九月二十二日のことだ。
厚い胸板の奥から、ゆっくりとやわらかに一音一音を選び出すよう話す、髭だらけの風貌が目に浮かびます。
黒姫に移住するきっかけが谷川雁の誘いだったというニコルさん。そんな彼が、冒頭の海軍一家のエピソードとは、わたしの頭の中でうまくつながらなくて、混乱しながら目は行を追ったのでした。
今や忘れ去られているけれど、マルタ島において、第一次大戦時日本海軍が駐留していたという話。彼らは実に勇敢に戦ったとのこと。「日本の男たちはその優れた技量と誇り高き勇壮さをもって、トランシルヴェニアの乗員のみならず、幾千もの命を救ったのである。」と。そして、次のようなオチに。まるで落語です。
P.150
そうした事実を基に、私は今般、『特務艦隊』(文藝春秋)なる小説を書いたわけだが、ひとつだけ、作品の中には活かさなかった挿話がある。
当時、日本海軍が駐留していたのが、地中海の小さな島マルタなのだが、そこでの取材中、私はとある老紳士と出会った。氏は在野の歴史家であり、また長きにわたってマルタ島で医師を務めてきた人物でもある。氏は当初、第一次大戦において日本海軍が大きな役割を果たしたという話に大いに驚いていた。だが、たしかに百年前にはこの島に何千という日本海軍軍人が駐留していたのだと私か力説するのに納得するや、老紳士はふいに笑い出した。そして膝を一発叩くと、「そいういうことだったか(ユーレカ)!」と叫んで、高笑いを発したのである。唖然とした私に、氏はこう語った。
「つまりだね、長年の疑問が解けたんだよ。なぜマルタ島では時折、腰とお尻に蒙古斑のある赤ん坊が生まれるんだろうって疑問がね」
マルタ島には、イギリス海軍墓地がある。その一隅に、地中海で命を落とした日本海軍軍人を悼む慰霊碑が建っている。私はこれまでに二度、そこを訪れた。母国からかくも遠く離れたこの島で仲間のために命を捧げた若い勇者たちの冥福を祈り、私は深く頭を垂れた。
十年前、私は日本人になった。(以下略)
出版社の新刊書を宣伝する文章といってしまえば、それまで。ですが、それにしても読ませます。良くも悪くも。
P.202
嘘をつく才能 平成24(2012)年2月
浅田次郎(作家)
ほんの子どものころ、学級担任の教師から「君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい」と言われた。
前後の記憶はまるでないが、「嘘つき」という辛辣な言葉から察するに、先生はよほど腹に据えかねていたのであろう。
しかし今も昔も何だって悪いふうには考えぬ性格の私は、まさか敬愛する先生に叱責されているとは思わず、真剣に将来を示してくださったのだと考えた。それは実に、私が小説家になろうと決心した瞬間であった。
自分が嘘つきであるという自覚はなかった。ただし、事実を都合よく解釈し、かつそう思い込むふしはあった。また、ひとつの見聞を他者に伝えるとき、面白おかしく就職を施して話を膨らませるふしもあた。
クラブ活動は新聞部で、壁新聞の制作に情熱を傾けていた。小学校の高学年では、他の部員に一行一句も譲ろうとせぬ「主筆」であった。もしかしたら教師のさきの感想は、事実を我流に脚色する私の記事に対しての、警告で会ったのかもしれぬ。
そののち、めでたく小説家になってから気づいたのだが、べつだん同業者のみなさんが総じて嘘つきというわけではない。むしろ評伝やノンフィクションを得意とする作家は、根っから正直者で誠実な背核の人物ばかりに思える。一方、純然たるフィクションを各作家は、嘘つきとは言わぬまでも、まあ私と同類の、少なくともジャーナリストとしては不向きの性格であろう。
物語という「嘘」の世界で生きてゆくためには、こればかりは努力で身につきはしない。要するに小学校の教室で、面白おかしい話を開陳して人気を博しているような子供は、明らかに小説家としての才能に恵まれているのである。そしてさらに厄介なことに、この才能と学問ことに国語の成績とは、まったく関係がない。それどころか多くの場合、論理的で明晰な頭脳を持つか不断の努力を惜しまない優秀な子供らは、この「嘘」の才能に恵まれていないのである。
たとえば、芥川龍之介という雛形がある。おそらく類い稀な頭脳の持ち主で、それに恥じぬ努力を惜しまなかった彼は、虚構を生み出す才能をまるで持たなかった。あれほどの名文章家であり、偉大なディレッタントでありながら、古典説話を脚色するか暗鬱に内向するほかに、ほとんど嘘をつくすべを知らなかった。
この作家的宿命を後年さらにスケールアップしたのは三島由紀夫で、やはり名文章家であり偉大なディレッタントでありながら、ストーリー性の豊かな作品は、ほとんどが社会的事件のノベライズであった。
要するに、教室のホラ話に耳も貸さず黙々と勉強をしている子供が小説家を志すと、たいそう苦労をするのである。
こうしたタイプの作家は枚挙にいとまがないが、それら先人たちの中にあって、谷崎潤一郎の溢るるがこときダイナミックな大嘘つきぶりは、まさに神を見るようである。おそらく彼は明治の小学校の教室を、いつの賑わせていた子供だったのであろう。
事実を曲げたり、責任を回避するための嘘はあってはならないが、想像力を表現する手段の嘘を寛容しなければ、世の中は貧しくなる。
「君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい」
たしかにそう言われた。しかし改まって考えるに、「小説家にでも(「にでも」に傍点)」は私の脚色で、実のところは「小説家に(「に」に傍点)」であったのかもしれぬ。
芸術だとかは一切いってません。芥川、三島、谷崎。そこに浅田がつづくとは思えないんですけど。それはそれとして。なるほど。
P.139
猫の死 平成13(2001)年4月
養老孟司(北里大学教授)
P.141
猫なんか、どうということはない。家に猫がいつもいたから、私はそう思っていた。しかし十八年もいた猫がいなくなると、いささか手持ち無沙汰である。私は猫の頭を軽く叩いて、この馬鹿が、という癖があった。これができなくなった。女房の頭では、少し具合が悪い。真実味がありすぎる。
仕方がないから、大学に行って、大学院生をつかまえて、この馬鹿が、というようになった。さすがに人間だから、院生が文句をいう。先生、最近なんだか私につらく当たるんじゃありませんか、どうしてですか。いや、他意はない。猫がいないから、頭を叩いて馬鹿という相手がいないんだ。以来、院生が早く猫を飼ってくださいよ、というようになった。
もう猫は飼えまい、と思う。今度死ぬときは、私の方がたぶん先になるからである。猫は私の墓を掘ってくれるわけではない。それが猫の役に立たないところである。
こりゃまるで漱石だね。
『バカの壁』とか、馬鹿にしていたけれど、こういう文章を書くのか、と改めて思った次第。NHKのTV番組『ネコメンタリー 猫も、杓子も。』とか『まいにち養老先生、ときどき まる』のシリーズは見たことがあります。それらを見る限りでは、奥様あっての養老先生だったような。
◆ ◆
あわせて手にしたのがこれ
もう一度読みたい あの記事あのエッセイ 文藝春秋 昭和・平成・令和 傑作選
編集人 目崎敬三
発行人 大崎芳男
発行所 文藝春秋
令和4年12月13日 発行
327頁