
江之浦奇譚 杉本博司 岩波書店 2020年10月09日 第1刷発行 281頁 |
「江之浦測候所」は、かつてテレビの美術番組で取り上げられていたのを見たことがあります。お金持ちが箱庭で遊んでいるような印象でした。さっそく録りためたHDDから発掘。
江之浦測候所の作者 杉本博司さんは子どものころ、鉄道模型やジオラマ作りが好きだったとのこと。納得です。
山田五郎さんがこの場所を「イメージとしては大名庭園に近いかな」「お大名が自分の好きなように、この空間をつくりあげたみたいな。自分の好きな美術品をあちこちに配置して」と紹介していました。言い得て妙。大名庭園ですか、五郎さん。
まえがきによれば、江之浦測候所が「どのような因縁で今の姿を留めるようになったのかを、備忘録として書き留め」たのが本書です。そこには末尾につぎのような記述も。
P.10
こんこ話は時間軸に沿って書き進めていくことにする。話の冒頭には歌を添えてみた。連歌のように、前の歌を受けるかたちで詠み進めるようにつとめたが、観相から連想へゆるゆると連なる、私なりの連歌独吟となった。
【目次】
まえがき
馴れ初め 平成六年 春 2
明月門 平成十年 春 6
石橋山古戦場 平成十三年 秋 10
眼鏡トンネル 平成十四年 正月 14
A級戦犯の門 平成十五年 夏 18
天正庵 平成十六年 夏 24
植物と人間 平成十七年 春 28
直島禊プール 平成十八年 春 32
冬至光遥拝隧道 平成十八年 夏 36
能面萬媚 平成十八年 秋 40
江戸城石垣 平成十九年 春 44
元興寺天平礎石 平成十九年 夏 48
数寄屋普請 平成十九年 秋 52
縄文人が一人 平成二十年 初春 58
古墳内能舞台 平成二十年 春 64
トスカーナのキリスト 平成二十年 秋 68
父尉 平成二十一年 初夏 72
比燕荘 平成二十二年 春 76
浄土式庭園 平成二十三年 春 80
骨董の魔性 平成二十三年 秋 84
京都市電敷石 平成二十四年 春 92
藤原京石橋 平成二十四年 初夏 98
夏至光遥拝 平成二十四年 夏 106
待庵本歌取り 平成二十五年 春 112
内山永久寺十三重塔 平成二十五年 初夏 122
大谷石石切場 平成二十六年 秋 128
冬至光 平成二十六年 冬至 134
茅葺屋根能舞台 平成二十七年 春 140
古代ローマ劇場 平成二十七年 初夏 146
鉄宝塔 平成二十七年 秋 152
隧道完成 平成二十七年 冬至 158
恐怖の塔 平成二十八年 春 162
井戸の緋色 平成二十八年 初夏 166
懸造光学硝子舞台 平成二十八年 夏 178
滝根石 平成二十八年 秋 186
茶室雨聴天 平成二十八年 晩秋 192
みちしるべ 平成二十八年 冬 210
殺生禁断 平成二十九年 春 216
聖廟千句 平成二十九年 初夏 222
法隆寺若草伽藍礎石 平成二十九年 夏 232
江之浦測候所 平成二十九年 秋 242
大洞台 平成三十年 春 248
九段の社 平成三十年 秋 254
春日社招請 令和元年 秋 260
あとがき 流転する季節 277
参考文献 281
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マニアックな男の子が好きになりそうな蘊蓄が満載。ひとつ言えることはキャッチーなものが多いってことかな。ちょっと待てよ、人目を惹く固有名詞が多すぎないか? それを所有しているんだぞ。(個人ではなく、組織としてだといいますが。) それにしたって、カッコよすぎないか。
ニューヨークで活躍する現代アーティストが骨董にも造詣が深いのだから、そりゃ蘊蓄もあるしカッコ悪いわけがない。茶人でもあるという。
◆ ◆
Amazonレビューに、こんなのが
★☆☆☆☆ ひとの自慢話を有料で? 2021年4月5日に日本でレビュー済み フォーマット: 単行本Amazonで購入 昔、面白い歴史の教師の授業を聞いている感じ。こじつけのような史実。興ざめしました。 |
今日のアド街、第1位は「芝 増上寺」。明日は増上寺で涅槃会が開かれますと紹介されました。
するとそごでゲストの荒俣宏先生が、もう一人のゲストお笑いコンビ エルフの荒川に向かってひとこと。「一緒に行く? 極楽に」 一瞬、出演者一同はドッキリです。「どうしちゃったんだ? 荒俣先生!」
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そもそも、『帝都物語』作者である荒俣先生がおっしゃいます。 「極楽に行ける」こんなありがたいことはない
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荒俣先生が、唐突にギャルが売りのエルフ荒川に向かって 一緒に行く? 極楽に
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エルフ荒川が返した言葉がこれ 「極楽に一緒に行く?」ってロックだな
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 思わずドキッ としました とエルフ荒川 |
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最後、エルフ荒川が差し出したハート・イェーイ!に、荒俣先生も右手でこたえたところで、一同爆笑
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無事に着地できました。やれやれ。
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もしかして荒俣先生、なんだか極楽に行けたらいいなあとホンキで思ってらっしゃるんじゃないか?(あくまでも個人の感想ですが。)
昨年、師匠紀田順一郎先生がお亡くなりになって、思うところがあったのでしょうか。
2016.02.16 21:00~ テレビ東京 出没!アド街ック天国【増上寺】港区芝の名刹&東京タワービューの絶景スポット! |

その昔、ビートたけしが言ってたことに、「オタクって言い方をこのごろよく聞くけどさ。昔の職人なんてのは、みんなオタクだったんじゃないかって思うよ。おれのおやじはペンキ職人だったけども、自分のやっていた仕事については一生懸命なところがあったもん。ふだんは酒ばっかり飲んでいたけどね。ペンキの色の配合とかさ、そりゃあ熱心だったと思うよ。」「そんな意味合いで言っちゃえば、おれの兄貴が学者やってるけど、学者だってオタクの最たるものだよなあ。自分の好きなことに向かって、研究とかさ、ずーっとやってるわけだろ?」なんてのがありました。
一般に、自分の好きなことを職業にすることはむずかしいものだと言われます。どうせなら、2番目あたりに好きなことを選ぶといいんじゃないかとも聞いたことがあります。高齢者のこれまでの体験から言えることは、嫌いなことは仕事にできないかもしれないけれど、苦手なことだったらまだなんとかなるんじゃないかな、なんてね。
3人には仕事に就くことに紆余曲折があったといいます。好きなことを仕事にするには、覚悟がいります。でも、へこたれてなんかいられない。まるで幼い子どものようです。ただし、自覚的に対応したりというところは、さすが。
出版社サイトから
「エピソードがおもしろくて読みやすい!」と話題の"考古学"エッセイシリーズ第3弾
本書に登場する考古学者、言語学者の3名は、年齢も研究対象もばらばらですが、共通しているのは「学問を超えて、古代文字の魅力に取り憑かれてしまった」こと。
取り上げられるエピソードのどれもが面白いというのに賛成。
基本的に研究対象が古代文字ってことは、言い換えれば古代文字の習得は、外国語習得の延長であるとも言えます。その外国語が苦手だった身にとっては、思い出したくない、嫌な記憶がよみがえってしまいました。本書に登場する3人は、どなたも外国語好きです。
ほかには、3人とも手書きを重視しているところも似てました。万年筆を愛用していたり。

| どうしたって、トウキォ、リーン(ク) か トウキォ、ウィーン(ク) でしょう。 |
| 正しくは トウキョウ、マリーン だっていうのですが、とてもそうは聞こえない。 |
テレビCM 東京海上ダイレクト のアタマに聞こえる短い女性の声。英語っぽい発音で『トウキォ ●●』。
気になり出すと、やたらと耳に付いてしまって離れません。
英語みたいな発音で日本語の歌詞を歌うのがありますが、それと同じでしょうか。
とても聞き取れません。
高齢者には、ただでさえ早口はついていけないのです。
英語に堪能なら、聞こえるのでしょうか? ネイティブは m を発音しないとか。
トウキォ、(ム)ァリーン
あれッ? これなら聞こえそうかも!
◆ ◆
これって、サウンドロゴというそうです。
最初に映し出される会社の名前 東京海上ダイレクト 東京海上グループ の手前のところ、会社のマーク(ロゴ)とアルファベットが並んでます。

これを見ると TOKIO MARINE DIRECT |
旧東京海上日動 のときには TOKIO MARINE NICHIDO |
っということで、正解は『トウキョウ、マリーン』だっていうのですが。
でよろしかったでしょうか?(笑)

見仏記 三十三年後の約束
二〇二五年、三月三日。
私は待ち合わせ時間の二〇分ほど前に東京駅に着き、新幹線改札を入った先にある待合室の椅子に腰をおろした。ホームへ上がったところで、乗車する便はまだ入ってきていないか、清掃中に決まっていた。
しかしそれでも同じような時刻にみうらさんがホームにいることを、つい先日も私のマネージャーから聞き及んでいた。みうらさんは近頃よく持っているトランクをがらがらさせつつ、もう一方の手に弁当の入ったレジ袋を提げているに違いなかった。その体勢でみうらさんは目当ての新幹線の扉が開くのをじっと待っているのだ。
我々はどちらも旅が楽しみで仕方がなかった。だから我々はどちらも指定時間よりよほど早く東京駅で待機する(かつては「銀の鈴」で待ち合わせた数年もあった)。
ただし開きもしないドアをじっと見つめて立つみうらさんと、とりあえず新幹線ホームの近くまで来ておいて座って待つ私とでは、行動原理が違った。この違いはなかなかに重要で、いわば遅刻の不安を忌避するやりかたの好みとか、体力の使い方とか、相手への気遣いのそれぞれのありよう(「来てたら悪いな」なのか、「来てないふりをしておこう」なのか)なのだが、一致しているのはどちらも相手に自分の流儀を強要しないことだった。
そのおかげで三十三年間、二人はひたすら雑談を続け、同時に仏像を見つめて続ける旅を行ってきたのだ。
「そう、三十三年」
私は待合室にいながら何度もその数字を頭の奥で反復した。
この描写を踏まえておいて、次を読むと格別です。(実際の時間は前後していますが)。
待合室にいながらも、見仏の相棒が何をしているか、私は手にとるように想像できた。
たぶんずいぶん早くに起床してしまって家を出、東京駅構内で時間をかけて駅弁を買い、乗車予定の新幹線はまだ当分来ないのにそれをホームにある待合室できょろきょろしながら待ち受け、ひょっとすると速めに着いた車体に乗り込んで、大急ぎで弁当をかっこみ、すました顔でまたきょろきょろ、今度は席から外を見ているのである。
絶対にそうだ。
私にはわかる。
正確には三十二年、そうしてきたのだから。
やがて発車十分前、私はみうらさんをじらすのをやめて立ち上がり、ひかり633号が来るはずのホームへと移動した。エスカレーターを上がっていくと、すでに新幹線は来ていた。
そしてチケットの示す席を目指していく私の目の前には、想像と寸分も違(たが)わない洒落(しゃれ)たソフト帽をかぶんたヒゲ面のみうらじゅんがホーム寄りの席にいて、こぼれるような笑みを浮かべた顔をガラスにつけんばかりにして遠くからこちらを見ながら、うれしそうに手を振っているのがわかった。
彼の目の前の車内テーブルには、すでに食べ終えた弁当の殻が置いてあった。
これを書いているあいだ、さぞ楽しかったのではなかったでしょうか。最後の着地点フレーズ〈彼の目の前の車内テーブルには、すでに食べ終えた弁当の殻が置いてあった。〉に向けて、あざといほどに比喩を効かせた描写と説明がたたみ込みます。
その読ませる文章についページを繰る手が進みました。
三宅香帆著『文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?』なんて本が売れているそうですが。いとうせいこうさんの書く文章は、うまいでのすよね。ついひきこまれます。
◆ ◆
書籍としての構成が秀逸なのは、表紙(これだけでもう、十分にキャッチーなんですが)をめくると目に飛び込んでくる内扉見開きのパノラマのような絵巻物風写真です。
アノ三十三間堂前の庭を埋め尽くす大勢を前に、有名な長い廊下を左右に分かれて立つみうらじゅんといとうせいこう(こちらはすでに歩き始めている)。このあたりの事情は、説明を読めば読むほど納得します。
ほぼ全員が両手を掲げて手にしたスマホで撮影している様子は壮観。
KADOKAWAオフォシャルサイト 内に「試し読みをする」ページがあって、剛毅なことに30頁も公開されています。リンク、こちら
三十三間堂のシーンは、さらにYouTubeやInstagramの動画でも見られました。さすが。