[NO.1670] 教養主義の没落/変わりゆくエリ-ト学生文化/中公新書

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教養主義の没落/変わりゆくエリ-ト学生文化/中公新書 1704
竹内洋
中央公論社
2003年07月15日印刷
2003年07月25日発行
278頁

ブルデューの名前が出てきたところで、なんとなく腑に落ちた感じ。これまで、《教養主義 → 読書ばなれ》のイメージがしていたんだけれど、階級の視点を持ち込んだのですね。「ハビトゥス」の説明は抽象的すぎてわかりにくいのですが、本書での具体例を交えた説明はきわめてわかりやすいものでした。

「山の手」と「下町」の対比の中で、「上品」と「粋」、「下品」と「野暮」の組み合わせが面白し。

「文藝春秋」1958年5月号「知的階級闘争は始まった」より(文藝春秋提供)

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アマゾンの本書のページにはサンプルを読むなるリンクがあって、無料で185頁も読めてしまいます。もちろん目次もそのまま掲載されています。リンク、こちら

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本書を読んだきっかけはBSのテレビ番組からでした。

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2025/07/31(木)
22:00:00
BSテレ東
あの本、読みました?新書ランキング!米津玄師「面白い」三宅香帆も絶賛の教養本

今回のゲストに本書の著者竹内洋さんが呼ばれていて、中野信子、三宅香帆の両名と並んでいるではありませんか。それだけでもびっくりです。よく出演してくれました。

そういえば、竹内洋さんの『学歴貴族の栄光と挫折/講談社学術文庫』は、以前に読んでいました。リンク、こちら

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【本書でいちばんオヤッと思ったところ】
大学紛争についての見方

P.208
大学第一世代
 このようにみてくると、大学紛争の解釈も別様になる。わたしはいまでもあの大学紛争をとても不思議におもう。この点については、別のところ(『学歴貴族の栄光と挫折』など)に書いたが、大事なことなので少し補筆しながらくりかえすことをお許しいただきたい。
 なぜ不思議かというと、紛争の担い手だった大学生は「学問とはなにか」「学者や知識人の責任とはなにか」と、激しく問うた。しかしさきほどみたように、大学進学率は同年齢の二〇パーセントを超え、三〇パーセントに近づこうとしていた。大学生の地位も大幅に低下していたし、卒業後の進路はそれまでの幹部社員や知的専門職ではなく、ただのサラリーマン予備軍になりはじめていた。そんな大学生が、知識人とはなにか、学問する者の使命と責任をとことんつきつめようとしたところが腑に落ちないのである。
 あの問いかけは、大学生がただの人やただのサラリーマン予備軍になってしまった不安と憤怒に原因があった。そして、大学紛争世代は、経済の高度成長による国民所得の増大を背景にした大学第一世代(ファースト・ジェネレーション)、つまり親は大卒でなく、はじめて大卒の学歴をもつ世代が多かったことを解釈の補助線とすると、了解しやすくなる。
(途中略)
大学第一世代であっても、その未来がエリート的地位であるという予期があるときには、憧れが同一化へのエネルギーとなる。六〇年安保闘争時の一般大学生は、抗議行動の日も午前中は平常通り講義を受講し、卒業論文に真面目に取り組む学生であり、「帰るべき学園をもち、親しく教えを受けるべき教師を持っていた」(鈴木博雄「遊民学生と運動のゲリラ化」『自由』一九六九年七月号)といわれている。
 しかし、そうした予期がもてなくなったときには、憧れと憤怒との両義性は激しく振動しはじめる。東京大学教授丸山眞男は全共闘派の学生に取り囲まれて「へん、ベートーヴェンなんか聞きながら学問をしやがって」と罵倒を投げつけられた(『自己内対話』)。大学第一世代による(文化貴族二代目風な)教養エリートへの屈折した感情とみるとわかりやすい。
 かれらのただのサラリーマンという人生行路からみると、教養など無用な文化である。教養はもはや身分文化ではない。かれらはこういいたかったのではないか。「おれたちは学歴エリート文化など無縁のただのサラリーマンになるのに、大学教授たちよ、おまえらは講壇でのうのうと特権的な言説(教養主義的マルクス主義・マルクス主義的教養主義)をたれている」、と。かれらは、理念としての知識人や学問を徹底して問うたが、あの執拗ともいえる徹底さは、かれらのこうした不安と怨念(ルサンチマン)抜きには理解しがたい。だから運動の極点はいつも教養エリートである大学教授を団交にひっぱりこみ、無理難題を迫り、醜態を晒させることにあった。

「執拗ともいえる徹底さ」、「団交にひっぱりこみ、無理難題を迫り、醜態を晒させる」が思い出され、嫌な気分になります。腑に落ちました。