[NO.1671] 幸田露伴と根岸党の文人たち/もうひとつの明治

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幸田露伴と根岸党の文人たち/もうひとつの明治
出口智之
教育評論社
2011年07月20日 初版第1刷発行
303頁

学術書でした。

P.291
*本書は日本学術振興会科学研究費補助金(研究活動スタート支援)による研究成果の一部である。

ところが、ちっとも堅苦しくなく、どこぞのエッセイのごとくすらすら読んでしまいました。(下世話にならず)崩れない程度にユーモアがにじんでいます。

なによりも著者出口智之さんが楽しんでいることが伝わってきました。読んでいるこちらも当然のことながら楽しくなってきます。ごくまれに学術書であっても、そうした心地よく読めるのがあったことを思い出しています。

かつて椎名誠『わしらは怪しい探検隊』シリーズがありました。東ケト会なる組織のもと、それはそれは楽しそうなお話。で、なぜか「根岸党」の面々による「二日旅」がそれと同じに感じてしまいました。本書を読み進めるにしたがって、ますますこれは明治版の『わしらは怪しい探検隊』じゃあないかと核心は深まるばかりでした。

 ◆ ◆

「根岸党」とはなんぞや

明治20年代に東京根岸近辺に住んでいた文士や画家たちの遊び仲間。

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幸堂得知(とくち)、須藤南翠、幸田露伴、関根黙庵、高橋太華、饗庭篁村、森田思軒、森鴎外、宮崎三昧(さんまい)、岡倉天心、久保田米僊(べいせん)、依田学海、川崎千虎(ちとら)、瑞雪湖、楢崎海運、高橋健三、藤田隆三郎、

P.16
二日旅行とは、名の如く二日がけ一泊の旅行で、大概毎月一回試みた。その方法は、まづ最低額の旅費を定めてこれを一行の選任した会計にあづけ、私費は一切持たずに、極端に不自由倹約な旅行をする。その不自由さが甚(ひど)ければひどいほど悦ぶといふのである。(柳田泉『幸田露伴』中央公論社、昭和十七年二月、百七十四頁)

年齢もまちまち、上記メンバーの終わり2名は役人や判事のように職業もさまざま。そんなかれらが〈一見くだらなく思える遊びに本機で興じ、しかもその私的な遊びを作品に描いて発表し〉ていた。さらにいえば、読者に支持されてもいた。

これって、まるで『わしらは怪しい探検隊』ですよね。

現代から見ると違和感の覚えるところもありますが、とにかく酒を呑んで騒いでばかりいる姿は東ケト会そのもの。

P.272
 まだ作本を発表しはじめる以前の明治十年代から、明治二十年代の終わりにいたるまで、彼らはきわめて活発な交友を繰広げた。少なからぬ顔ぶれの変動こそあったものの、そこに集まっていたのはみな当代一流の文化人たちであり、うち幾人かは近代の文化を代表する存在ですらある。そうした彼らが日夜酒を酌みかわし、趣向を凝らした催しを企画し、あるいは連れ立って観劇や旅行に出かけていた。若き青年たちならいざ知らず、すでにそれぞれ一家をなした人々が知り合い、世代もまちまちなままにこのような親密な交わりを結ぶこと自体、かなり珍しいのではないか。
 しかもその遊びときたら、与えられた題をもとに洒落を考えて持寄ったり、歌舞伎の登場人物に扮して寸劇を行ったり、見ようによってはくだらないことに打ち興じていたのである。新規で珍妙な趣向を求めて失敗し、その失敗を笑い合って楽しむくらいならまだしも、わざと馬鹿なことをしよう、失敗しようと競い合うにいたっては、よくよくおかしな集団だと言わざるをえない。現代の新聞の論説委員や、文壇や画壇の重鎮や、上級官僚や裁判官や出版社の経営者たちが知り合って、こんなふうに遊びはじめるところを想像できるだろうか。単なる忙しい日常の合間の息抜きと考えるには、彼らの遊びはあまりにも大がかりで、かつ頻繁にすぎるのである。