水 本の小説 北村薫 新潮社 2022年11月30日 発行 278頁 |
この本は、ジャンルのうえでは何にあたるのでしょう。
サブタイトルには「本の小説」とありますから、「小説」でいいのかな。
帯には「謎解きの達人、7編の小説集」です。裏の帯には「探索と発見の魅力に満ちた独自の《ものがたり》」とも。
著者の考えなのか、編集者のものかは、わかりませんが、出版社側の意向は「随筆・エッセイというジャンル」ではなさそうです。
私など、単純に書評集を兼ねたエッセイだと思い込んでいました。
読み進むにつれて、旅先で出会った人がこう言ったとか、〇〇珈琲店に立ち寄ったなど、具体的な店名などが出てくるにしたがって、「なんだか、ちょっと変だぞ」と、ちらっと感じたといえば、いえるかもしれません。でも、すぐに忘れてしまいました。
ところが、です。
出版社サイトの該当ページには、「本の達人ならではの探索と発見が胸を打つ<本の私小説>。」とあるのです。あれま、「私小説」です。リンク、こちら
そーか、そーか。北村薫さんは、ついに私小説を書いてしまったぞ、という驚きと同時に、幾分か嬉しい気分になっていました。
坪内祐三さんが書いていた(はず)ですが、昭和の時代(の文芸誌)にはよく載っていた(作家が書いた)文章のかおりを思い出しました。創作と呼ぶにはちょっと違う、けれど雑文と呼ぶにもふさわしくない、年季の入ったプロの作家の書く文章が、そこにはありました。
この本には、力を込めて庄野潤三(の私小説)のことが書かれています。生活破綻者ではない私小説家という位置づけの庄野潤三です。
なんだか、そのイメージが北村薫さんに重なって思えてきて、仕方がありませんでした。
それにしても「通俗的」なる言葉は、実に何十年ぶりで目にした気がします。懐かしや、通俗作家。
◆ ◆
本書に取り上げられた人名のはば広いことといったらありません。帯に載せてあるだけでも、小林秀雄、遠藤周作、橋本治、岸田今日子、芥川龍之介、エラリー・クイーンです。
これが出版社サイトの本書についてのページとなると、向田邦子、隆慶一郎、山川静夫、遠藤周作、小林信彦、橋本治、庄野潤三、岸田今日子、エラリー・クイーン、芥川龍之介です。
最後は、出版社サイトの本書関連ページに見つけた江國香織さんの「豊な水脈」からです。遠藤周作、梅原猛、塚本邦雄、塚本邦雄、三島由紀夫、芥川龍之介、チェーホフ、由紀さおり、戸板康二、大辻司郎、松本清張、獅子文六、岸田今日子、團伊玖磨、小沢昭一、庄野潤三、(室生)犀星です。
江國香織さんの「豊かな水脈」を読み、本書のタイトル「水」の意味を教えられました。
作家としての視点だなと思ったのが、結びのところでした。『水 本の小説』から、江國さんは「何となく、一行一行、蟹の味がするようでしょう」というところを取り上げます。その表現から、確かに蟹の味がするようなものが読めるのだけれど、(その事実よりも)この「何となく、一行一行、蟹の味がするようでしょう」という文章そのものの方が驚きだったといいます。そして、最後の結びになります。
この味わい能力! 凡人には書けない一文だと思う。
【蛇足のようなもの】
私(本ブログ管理人)にとっては、この部分を選び、切り取って、このように紹介してしまうことが、またそれも「あり」なんだとする、「作家」江國香織さんの感性が驚きでした。
P12で、中国文学の泰斗である吉川幸次郎の書いた「吉右衛門の手」という文章を紹介しています。ところが、この文章が、どの本に入っているのか、どこにも記されていません。この「吉右衛門の手」と、その内容は、P12からP31まで、実に9ページにわたって何度も出てきます。いうなればキーワードならぬ、「鍵となる作品」とでも呼べそうです。当然のことながら、「吉右衛門の手」を読んでみようと思う読者もいるのではないでしょうか。
ページをいったりきたりしてみましたが、やはり見つかりません。もしかして、絶版になっている珍しい書籍だったりすると面倒だなと思いながら、google検索にかけてみました。キーワードは[吉右衛門の手 吉川幸次郎]です。すると[港区立図書館 蔵書検索・予約システム]の[検索結果書肆詳細]に[蔵書情報]として[吉川幸次郎全集 第1巻]がヒットしました。筑摩書房、1968年版です。そのなかで、[内容細目表:]として[1 中国文学入門]から[49 中国文学への外国の影響]まで49行がが、ずらっと並ぶのですが、そのなかに[34 吉右衛門の手]が見えます。どうやら見つかりました。リンク、こちら
国立国会図書館にも見つかったのですが、[部分タイトル:]として、びっしり同一行に細かく羅列した状態なので、見分けが大変です。ブラウザのページ内検索を利用したので、目で追ったわけではありませんが、それでもちょっと不親切な気がしました。
意外だったのが、版元の筑摩書房サイトからは、目次も含めて[吉右衛門の手]という文章にたどり着くことができなかったことです。こちらの不手際かもしれませんが。
「デジタル対応」が言われて久しくなります。もうちょっと簡便にアクセスできると便利かな。
ところで、「吉右衛門の手」の出典? 所在を記さなかったのは、どんな意図があったのか、興味がわいてきました。それともこちらの思い過ごしでしょうか?
◆ ◆
本書の巻末には、初出が示してあります。
初出〈波〉
2021年5月号(手)、7月号(○まる)、8・9月号(糸)、10・11月号(湯)、12月・2022年1月号(ゴ)、2・3月号(札)、4・5・6月号(水)
新潮社のPR誌「波」に連載されたものでした。
◆ ◆
ここで突然、いたずら心のようなものが頭をもたげてきました。本書では、取り上げた人物名だけでも多岐にわたっているのですから、紹介した本は、いったいどれくらいになるのでしょう。同時に、いつぞや読んだ雑誌『本の雑誌』特集の「索引」のことが、ふと脳裏によみがえってきました。『本の雑誌2022年10月号 カボチャ抜けだし号 特集=あなたの知らない索引の世界』リンク、こちら
目次と索引を組み合わせ(て活用す)ると、至極便利で、(そのうえ)いろいろと(あらぬ)妄想ができる(そんなおかしな言い回しではありませんでしたが)。 |
ところが。いざ、作業にとりかかってみると、面倒なこともでてきます。きちんとルール(条件)を設定しないと混乱してしまいます。実際に本のタイトル(題名)を抜き出していると、作品名なのか、書名なのか紛らわしくなってきました。基本的に『書名』と「著者名」と「出版社名」の3点がセットです。これに場合によっては「出版年」が加わります。古書の場合もありますから、そういうときには古い出版年が記されます。
レアなケースだと、他社で文庫化されたのに特定の作品が掲載されないなどといったこともでてきます。北村さんは詳細にその経緯を説明してくれていました。個人的には、こうしたところにわくわくします(笑)。山田順子の「文学病」ではなく、文学おたくかもしれません。
迷ったのが「全集もの」の扱いです。珍しい作品が収録されているのは間違いなく全集です。これまで出版されてきた有名どころの文学全集を紹介しているので、懐かしく読みました。1960年代から70年代にはいくつもの文学全集が出ました。もちろん個人全集もあります。前述の吉川幸次郎全集は、その例でした。
さらに映画や舞台などのタイトル、落語のDVDや小沢昭一さんの集めた芸能の事例とか。どうしたいいのか迷います。
それで、今回のところは、書籍・本だけに絞りました。ただし、一部雑誌は取り上げました。このあたりが優柔不断なところです。涙を(小脇に抱えずに)飲んで、作品名は省きました。(が、例外もあります)。
シリーズ名の書き方もあいまい(不明確)になってしまいました。出版社名の欄に文庫名やシリーズ名を記載しているところもあります。もともとが、略してこうする慣習もあって、本書でもそれにしたがったつもりでしたが、うっかり(余計なことをして)加筆してしまったところがあったかもしれません。
後悔しているのが、出版社名(文庫名なども含む)が本文に記されていなかった場合に、自分で(ネット検索で)調べた結果を記入したところと、空欄のまま[ー]のところとが混在してしまったことです。
一冊ごとに通し番号を入れようか迷いましたが、やめました。10冊ごとに一行空けてあるのは、たんに見やすくしただけです。データベースに転用できるように CSV ファイルも考えましたが、これもやめました。
とりあえず、全部で71冊です。
書名索引
【凡例】 書名/著者名/出版社名/掲載ページ |
無名仮名人名簿/向田邦子/文春文庫/008
ユーカリの木の陰で/北村薫/本の雑誌社/009
おおきあかぶ、むずかしいアボガド 村上ラジオ2/村上春樹/マガジンハウス/010
歌舞伎は恋/山川静夫/淡交社/014
名作歌舞伎全集 12巻「河竹黙阿弥集3」/ー/東京創元社/015
時代小説の愉しみ/隆慶一郎/講談社/017
巌窟王物語(名作物語文庫シリーズ)/ー/講談社/026
歌舞伎名作撰 極付幡随長兵衛/ー/NHKエンタープライズ/027
歌舞伎座さよなら公演 DVDBOOK 第3巻/ー/小学館/027
影に対して/遠藤周作/ー/031
夫の宿題/遠藤順子/PHP研究所/032
対話の達人/遠藤周作/女子パウロ会/033
日本人と母 文化としての母の観念についての研究/山村賢明/ー/033
塚本邦雄全集 第5巻/塚本邦雄/ゆまに書房/037
ミステリマガジン 1971年1月号/ー/早川書房/037
夜明けの睡魔/瀬戸川猛資/創元ライブラリ/039
山口雅也の本格ミステリ・アンゾロジー/山口雅也/角川文庫/040
推理作家の発明工房/南川三治郎/文藝春秋/041
翻訳者の仕事部屋/深町真理子/飛鳥新社(のちに筑摩文庫)/044
デビッド100(ヒヤッ)コラム/橋本治/冬樹社(のちに河出文庫)/044
ロバート本/橋本治/冬樹社(のちに河出文庫)/044
悪魔の下回り 解説大岡昇平/小林信彦/新潮社/046
夢の砦/小林信彦/新潮文庫/046
永六輔のお話供養/永六輔/小学館/051
唐獅子株式会社/小林信彦/新潮文庫/057
成城だより/大岡昇平/文藝春秋(講談社文芸文庫、中公文庫)/057
笑学百科/小林信彦/ー/059
決定版 上方芸能列伝/澤田隆治/ちくま文庫/060
読書中毒/小林信彦/文春文庫/061
眠る盃/向田邦子/ー/063
FM雑誌と僕らの80年代/恩蔵茂(おんぞうしげる)/河出書房新社/067
「FMステーション」とエアチェックの80年代ーー僕らの音楽青春記(文庫化)/恩蔵茂/ー/072
こちら本の探偵です/赤木かん子/径書房(こみちしょぼう)/074
東海道 今と昔(保育社カラーブックス)/ー/保育社/077
死を告げる白馬/ー 樋口志津子訳/朝日ソノラマ文庫海外シリーズ/079
太平洋/モーム/新潮文庫(1960年前後)/086
雨・赤毛/モーム/新潮文庫(1960年前後)/086
コスモポリタン/モーム/新潮文庫/087
人類の実相/モーム/新潮文庫/087
英文学夜ばなし/中野好夫/岩波同時代ライブラリー/087
月と六ペンス/モーム、中野好夫訳/岩波文庫/088
雪月花/北村薫/新潮社/101
夏目漱石全集(ウーブル・コンプレートシリーズ)/ー/春陽堂/103
モーパッサン全集(ウーブル・コンプレートシリーズ)/ー/春陽堂/103
芥川龍之介全集(ウーブル・コンプレートシリーズ)/ー/春陽堂/103
新版季寄せ/角川書店編/角川書店/106
エラリー・クイーンズ ミステリ マガジン(EQMM) 1958年10月号/ー/早川書房/117
編集者パーキンズ/マックスウェル・エヴァーツ・パーキンズ、鈴木主悦訳/草思社文庫/119
古書店めぐりは夫婦で/ローレンス・ゴールドストーン ナンシー・ゴールドストーン、浅倉久志訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫/127
特別料理/スタンリイ・エリン/(早川書房)/116
舊友芥川龍之介/恒藤恭/河出書房、市民文庫(S27初版、S28再版)/135
復刻版 点心/芥川龍之介/(日本近代文学館)/137
山鴫(やましぎ)・藪の中/芥川龍之介/新潮文庫/138
いろはかるた随筆/戸板康二/丸ノ内出版/142
寄る年波には平泳ぎ/群ようこ/冬幻社文庫/146
藝人/秦豊吉/鱒書房(S28)/159
決定版 日本の喜劇人/小林信彦/新潮社/160
喜劇人回り舞台/旗一兵/(学風書院)1958/160
散りぎわの花/小沢昭一/文藝春秋/166
ドキュメント 日本の放浪芸/(小沢昭一)/ビクターエンタテイメント/170
山川静夫芝居随筆/山川静夫/演劇出版社/172
コラムは誘う/小林信彦/新潮社/174
註釈 小唄控/木村荘八監修/文雅堂書店/179
鎌倉文士骨董奇譚/青山二郎/講談社文芸文庫、181
冗談そして閑談 丸谷才一対談集/丸谷才一/青土社(1983)/192
孤独な娘/ナサニエル・ウェスト 丸谷才一訳/岩波文庫(2013)/203
新・進化した猿たち/星新一/早川書房/204
いなごの日/クール・ミリオン ナサニエル・ウェスト 柴田元幸訳/新潮文庫/218
珍版・我楽多草子/林美一/河出文庫/234
わが心の小説家たち/吉村昭/平凡社新書/234
座談会明治・大正文学史/柳田泉、勝本清一郎、猪野謙二編/岩波現代文庫 全6冊/238
【追記】
この「書名索引」を作るにあたって、手書きでノートに書きだしてみました。その辺りの経緯を記事にしたので、リンクを載せます。リンク、こちら
【追記2】
本書で紹介していた『山川静夫芝居随筆』(演劇出版社)をやっぱり読んでみました。リンク、こちら
コメント