中古典のすすめ 斎藤美奈子 紀伊国屋書店 2020年09月10日 317頁 |
「中古典」なる言葉が目をひいた。著者斎藤美奈子さんの造語。1960年代、70年代のベストセラーや話題作といったヒット作のことを、そう呼んでみたという。それだってすでに半世紀も前のことです。時間の淘汰にさらされて、当時とは違った感想もでてくることでしょう。斎藤美奈子さんが子どものころの記憶と比較できますから。
1960年代、70年代、80年代から各15冊。90年代初頭から3冊で合計48冊。時代的な区分では、戦後の高度成長期、70年代の低成長期、80年代のバブル期、バブル崩壊直後までなんだそうです。
本の種類(ジャンル)は小説、エッセイ、ノンフィクション、評論など雑多。
そういえば、ベストセラーのランキング上位を年代ごとにズラリと紹介した本などという企画もありましたね。時代世相をあらわすニュースをあいだにはさんだりして。
『中古典のすすめ』でおやっと思ったのが、「はじめに 中古典のすすめ」という冒頭の章でした。全体で327ページあるなかで、7ページちょっとの身近な文章なのですが、これが面白い。
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(上記のように60年代から年代順にたどると、)繰り返し登場してくる「お決まりのジャンル」がいくつかあることに気がつくはずだ
という。読者のみんながみんな「気がつく」とも限らないんじゃないか? などと突っ込んでもはじまらない。ここが斎藤美奈子ブシなのですね。『妊娠小説』でデビューした斎藤美奈子さんらしい目のつけどころというべきかな。いかにもという感じ。
若者たちの生態を映す青春小説
明治初期では二葉亭四迷『浮雲』、森鴎外『舞姫』だが、より今日の感覚に近い青春小説の原点が夏目漱石『三四郎』。ちなみにこの3冊は本文には取り上げていません。
発表年ではなく、作品の舞台にだけ注目すると
敗戦前後の青春......北杜夫『どくとるマンボウ青春記』
1950年代の青春......早船ちよ『キューポラのある街』、柴田翔『されど、われらが日々――』、井上ひさし『青葉繁れる』
1960年代の青春......石川達三『青春の蹉跌』、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』、高野悦子『二十歳の原点』、村上春樹『ノルウェイの森』
だといいます。学生運動との距離の取り方が興味深く、「時代の波をかぶる」意味がわかるとも。
70年代に入ると『三四郎』タイプの青春小説はなくなります。かわってニューウェーブ、片岡義男『スローなブギにしてくれ』が登場。主役も男子から女子へ。
十代、二十代の女子が主人公......橋本治『桃尻娘』、五木寛之『四季・奈津子』、田中康夫『なんとなく、クリスタル』、吉本ばなな『キッチン』、小林信彦『極東セレナーデ』
『キッチン』以外の作者は男性。これまで青春小説が描いてきた「人生いかに生くべきか」から質が変わってしまった。
以下、それぞれの項目でとり上げられた作者・作品名
「自立の時代」の女性エッセイ
田辺聖子(『感傷旅行』)
森村桂『天国にいちばん近い島』
小池真理子『知的悪女のすすめ』
山口百恵『蒼い時』
林真理子『ルンルンを買っておうちに帰ろう』
小田実『何でもみてやろう』
反省モードから生まれた社会派ノンフィクション
住井すゑ『橋のない川』
山本茂美『あゝ野麦峠』
山崎朋子『サンダカン八番娼館』
森村誠一『悪魔の飽食』
鎌田慧『自動車絶望工場』
堀江邦夫『原発ジプシー』
早乙女勝元『東京大空襲』
中沢啓治『はだしのゲン』
高木敏子『ガラスのウサギ』
石牟礼道子『苦海浄土』
宇井純『公害原論』
有吉佐和子『複合汚染』
懲りずに湧いてくる日本人論
丸山眞男『日本の思想』
梅棹忠夫『文明の生態史観』
中根ちえ『タテ社会の人間関係』
イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』
土居健郎『「甘え」の構造』
エズラ・F・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』
盛田昭夫・石原慎太郎『「NO」と言える日本』
司馬遼太郎『この国のかたち』
中野孝次『清貧の思想』
内村鑑三『代表的な日本人』
志賀重昂『日本風景論』
新渡戸稲造『武士道』
岡倉天心『茶の本』
九鬼周造『「いき」の構造』
和辻哲郎『風土』
ルース・ベネディクト『菊と刀』
加藤周一『雑種文化』
藤原正彦『国家の品格』
内田樹『日本辺境論』
各項目の前半は本文でとり上げている本。後半の書名は本文では取り上げておらず、「はじめに 中古典のすすめ」の章でだけに登場した本。つまり、本文には登場するけれど、「はじめに 中古典のすすめ」の章では取り上げてもらえなかったものがあります。こうして列挙してみると、なんだか古本屋の店頭ワゴンに並んでいそうなものが多い。
山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』
遠藤周作『わたしが・捨てた・女』
山崎豊子『白い巨塔』
有吉佐和子『恍惚の人』
小松左京『日本沈没』
灰谷健次郎『兎の眼』
黒柳徹子『窓際のトットちゃん』
鈴木健二『気くばりのすすめ』
渡辺淳一『ひとひらの雪』
浅田彰『構造と力』
ホイチョイ・プロダクション『見栄講座』
伊藤比呂美『良いおっぱい 悪いおっぱい』
安部譲二『塀の中の懲りない面々』
ロバート・ジェームズ・ウォラー『マディソン郡の橋』
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それぞれの項目(視点)に沿って、文学史上の作品からピックアップしてくる中野美奈子さん独特の手つきが面白い。
初出は紀伊国屋書店のPR誌『scripta(スクリプタ)』1号から55号(2006年10月~2020年4月)連載「中古典ノスゝメ」から47本を選び、大幅に加筆修正したもの。
橋本治『桃尻娘』の初出は「(桃尻語で語る)『桃尻娘』がいた頃」『追悼特集 橋本治(文藝別冊)』(河出書房新社)。
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前書き「はじめに 中古典のすすめ」にくらべれば、本書の中心になる48作品の紹介は、あまり印象に残らなかった。大半は読んでいたので、ああそういえばそんな話だったなという程度だった。
なるほどと思ったところに、丸山眞男『日本の思想』(1961年/岩波新書)は平易な本ではないのだから、律儀に第Ⅰ章から読んでは挫折するというところがあった。
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この本はうしろから順(第Ⅳ章→第Ⅲ章→第Ⅱ章→第Ⅰ章)に読むのが完読するコツなのだ。
なるほど。最初に読み始めることを勧めている第Ⅳ章は、高校の国語教科書に出ていた講演録「『である』ことと『する』こと」なのだという。いきなり論文の章から読むよりもそのほうがいいという。未読なので気になった。
【追記】
もやっとしていたことから、「丸山眞男からケンチ中島健蔵へ」という記事にしました。リンク、こちら
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