[NO.1536] 珈琲と吟遊詩人

00.jpg

珈琲と吟遊詩人/不思議な楽器リュートを奏でる
木村洋平
社会評論社
2011年11月15日 初版第1刷発行
251頁

[NO.1533] 旅ごころはリュートに乗って につづけて、リュートの本の2冊目。10年近くも前に出版されていた本なのに、妙に新鮮だった。まるで最新刊を読んだような気分になる。どうしてだ? こちらの関心あることにぴったり対応する内容だったからだろうか。珈琲も吟遊詩人もリュートも、このところ関心事をもった内容にぴったりだったし。本との出会いは人との出会いというけれど、ラッキーな出会いだった。

『旅ごころはリュートに乗って』は著者星野博美さんの興味のおもむくままの、どちらかというと限られた内容だった。本書は(リュートについて)より広い観点から、たとえば単純にその外観を含めたことから紹介されていた。リュートの形って、なにより不思議ですよね。

主人公も含めて4人の登場人物による会話中心の設定になっている。著者によれば、「プラトンの対話篇」や新書によくある「登場人物が話し合う中で、内容が展開されていく物語」のような「対話のスタイルを採った」とある。「小説風」であるとも。このたとえって、目をひく。「プラトンの対話篇」というのがドキッとさせられ、新書に「物語」ってどんなのがあるの? と考えてしまった。

たしかにこれは、簡単にいってしまえば、主人公が経験した5日間の出来事(ほとんどが会話)からなる物語だ。毎度、珈琲を中心に日本茶や紅茶などを飲みながら、ゆったりとした時間が流れる中で、内容としてはヨーロッパ中世の濃い(高度な)知識が紹介されていく。実際にこんな楽しい時間を過ごすことができたら、どんなにか気持ちのいいことだろう。ただし、中世の西洋史に興味があれば、の話だけれど。

主人公は二十歳の英文学を専攻する男子学生。学校まで2時間かけて通うという片田舎(今どき田舎といえるのだろうか?)の実家に祖父と二人暮らしをしている。そこへ突然、祖父の大学院での教え子だったという通称吟遊詩人さんがやってくる。それもリュート持参で。学生時代、彼のテーマは「(P183)リュートから見たルネサンス」だったという。この通称吟遊詩人さんの語る内容を僕はせっせとノートにとることになる。後日、その内容をまとめたものが本書になったのだそうだ。(と、エピローグに書いてある。)

3日目からは近所に住む4つ年上の小学校の先生も招待する。彼女は僕の知り合いで、クラシック音楽を愛好する仏文科卒業の才媛。こうして充実した聞き手が出そろったところで、本書の一番の中心である「第三話 中世のリュート」と「第四話 ルネサンスの理想郷」の講義が開始する。

このようにかえりみると、なんともはやの展開だ。吟遊詩人さん、ちゃんと5日後には去っていきます。

 ◆  ◆

阿部謹也さんの名前が出てきたときには懐かしかった。網野善彦さんとか樺山紘一さんとか。そういえばアナール学派って、今はどうなんだろう。

ヨーロッパのカフェ文化、カフェの文化史、ルネサンスの知、人間を超えた力と戯れる知。こうして小見出しをいくつか抜粋してみると、前世紀末に日本で流行った現代思想を思い出す。(P225)ヘルメスまで飛び出してきたのには驚いた。著者木村さんはヴィドゲンシュタイン『論理哲学論考』の翻訳者。

 ◆  ◆

「あとがき」から、文体について少し。
この本はいろいろ工夫がなされている。設定だけでなく、今度は文体についての説明。本にとって大切なものに、文章の「リズム感」があるという。具体的には、「文章自体は平易なのに読みづらく文意があたまに流れ込んでこない原稿」は「文章がリズム感に欠けているせい」であるとする。

つまり、重要なのはリズム感、音楽。「文字の一つ一つは、音符である」。なるほど。ここから著者の説明は、さらに次のように展開する。

P250
 僕はこの本を、音楽を作曲するつもりで書いた。たとえば、本書の第四章は、吟遊詩人、僕、祖父、小学校の先生の四人で奏でる弦楽四重奏になっている。テーマ(主題)が重くなるところは、ベートーヴェンの後期作品を思い出していた。エピローグは、例外的にそれまでの対話とは異なる、一人語りの形式を使ってみたが、これはリュートの独奏曲を意識している。(以下略)

 ◆  ◆

著者木村洋平さんのサイトに本書紹介ページがあった。リンク、こちら。わざわざ訂正のページが2つも用意されていた。そこに、本書巻末の参考文献は一般書に限定してあるとして、詳しい書目を追加してあった。納得。

 ◆  ◆

本書とはまったく関係ないのだが、本書の「小見出し」のいくつかが、なんだか村上春樹の小説に出てきそうな気がした。

吟遊詩人が小さな村を訪れる
吟遊詩人は、不思議な楽器で「グリーンスリーブス」を奏でる
ハチミツトーストの朝

とか、いかにも『世界の終わりとワンダーランド』あたりにありそう。

 ◆  ◆

本書は著者木村洋平さんがあれこれ楽しみながら手間暇かけて作ったのだろう。

 ◆  ◆