[NO.1518] 荒野の古本屋

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荒野の古本屋/就職しないで生きるには21
森岡督行
晶文社
2014年03月10日 初版
233頁

本との出会いは人との出会いに似ていると言われる。まさしく本書との出会いがそれだった。

この本で紹介されている「森岡書店」に出向いたのは何年前のことだったろうか。ネットで見つけたのだと思うのだが、詳しいことはほとんど覚えていない。今回、偶然本書に出会って検索すると、茅場町の森岡書店は2015年に閉店していた。開店から10年目だったという。

ビルの入り口にあるインターホンで声をかけて、玄関の施錠を開けてもらった記憶がある。趣のある古いビルの階段を心細く上り、店内に入ると数名のお客さんがいてほっとした。自分の知っている古書店とはあまりにも雰囲気が違って、とんでもないところへ来てしまったかと驚いた。店内はほぼ白で統一されており、書架もほとんど見当たらない。現代美術の画廊のような場所だった。店の入っている古い建物と、店内の装飾とのギャップが大きい。古書店のもつイメージとも大きくかけ離れていた。窓の外には江戸時代からの掘り割りが続いていた。なんとも魅力的な店だった。帰りがけにビル内のトイレに寄るため廊下を歩くと、落ち着いたたたずまいがよかった。

本書を読むと、古書店と同時にギャラリーとしても貸し出していたというので、もしかするとそっちをネットで見つけて出かけたのかとも思う。いずれにしても、まるで夢の中の出来事だったような記憶は、その後、ときどき思い出しては、あのときに過ごした静かな時間のこと反芻していた。

本書を読むまで、店名が「森岡書店」ということすら忘れていた。

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著者である店主森岡さんは若くして「本」と「散歩」の日々を過ごすうち、古書店の中でもトップである「一誠堂」に入社する。8年間の勤務ののち、独立して開いたのが茅場町にあった「森岡書店」だった。

そこまでの紆余曲折を綴ったのが本書。面白かったのが、石炭庫に対するこだわり。住んでいた中野のアパート「中野ハウス」にも石炭庫があったという。もちろん戦前の建物。

アルバイトをしていた東京宝塚劇場も戦前のビルだった。もともと古い建築が好きだという。いいぞいいぞ。「珈琲リオ」のスタッフと靖国通りを歩きながら交わした会話に登場する建物の名前がいい。岩波ホール裏の旧わかしお銀行ビル、『大野カバン店』の入ったビル、『九段下ビル』、『九段会館』、『松岡ビル』。森岡さんが興味を抱いた雑誌『FRONT』の東方社も九段にあったはず。中島健一の『昭和時代』に出てきた。

独立のため、ヨーロッパまで古書を買い付けに出かけたこと、開店してから軌道に乗せるまでの苦労話が後半だった。まるで小説のよう。度胸ありますね。水泳が好きで、中野ハウス時代には銭湯がわりに「東京アスレチッククラブ」なるジムに通って泳いでいたというのだから、体力もあったのでしょう。そうでなくては古書店で重い本を扱うのは大変だったことだろうし。中野中央図書館の近くにそんなところがあったとは。電車の車庫は覚えていたけれど。

同潤会江戸川アパートの訪問記も面白かった。まるでなにかに導かれるように住民に声をかけ、中を見せてもらったエピソードも印象深い。いまや同潤会アパートは壊滅。

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ネットというのはすごい。茅場町時代の「森岡書店」の記事が[OPENERS]というサイトに載っていた。リンク、こちら

住所まで掲載されている。
東京都中央区日本橋茅場町2-17-13 第2井上ビル305号

ストリートビューで見入ってしまった。

かつて、茅場町にあった森岡書店に行ったとき、建物の写真を撮ったはずなのに、すっかり散逸してしまって見つからない。

【追記】
 整理していて、ついに発見。ありました。2013年5月4日、茅場町の森岡書店へ行ったときの写真を見つけた。写真の6枚目~16枚目までが第2井上ビル。リンク、こちら