[NO.1469] 昼は散歩、夜は読書。

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昼は散歩、夜は読書。
三浦展
而立書房
2018年10月15日 第1刷発行
345頁

[NO.1243] 下流社会(光文社新書、2005年)の著者。1982年 パルコ のマーケティング雑誌アクロスに勤務。その後、三菱総合研究所を経て独立。本書のタイトルどおり、自分の足で見て回ったことと、本の紹介が中心になっている。巻末に掲載の個人史が読みであり。版元ドットコム サイト内に理想的な本書についての紹介ページがある。リンクこちら

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ウィキペディア(Wikipedia)によれば、著者の職業は マーケッター だという。いったいそれは何のことだ? 代表取締役をしている会社名が 株式会社カルチャースタディーズ研究所 。カルチュラル・スタディーズ というのなら聞いたことがある。ポスト・モダンが流行ったあとあたりに目にしたような。某大学のレポート課題で見たのは、いつのことだったろう。

マーケッター という著者が挙げるブックガイドに興味があった。プレジデントムック「ほんとうに呼んでほしい本150冊」(プレジデント社、2009年)初出のリストが入っている。『ビジネスに効く400冊! 必読本 大全/日経BPムック』(日経BP社、2014年)というのなら、先月に読んだ。

『昼は散歩、夜は読書。』の第一部 読書史 では、46冊に加え、その他として手短に26冊を紹介している。合計72冊。この中で、読んだことのあるのは7冊だった。それも昔のものばかり。『排除の現象学』(赤坂憲雄、洋泉社、1986)を目にしたときには懐かしくなってしまった。今の自分はこうした本を手にすることが減ったということか。

ブックリストには、永井荷風『墨東綺譚』が並んでいるが、けっして文学散歩などの視点ではない。著者の散歩は新鮮だった。こちらは野田宇太郎の文学散歩が好きなのですから。

リストを見ていて、その著者の本なら読んだことがあるぞと思っても、こちらが手を出しそうにない書名が並ぶ。そこが新鮮だった。『昼は散歩、夜は読書。』を読む限り、三浦展さんは仕事と嗜好とにずれがないのだろう。面白い。言っていることがストレート。

『やわらかい個人主義の誕生』では、著者の山崎正和の紹介にあたって、次のような人物列伝のようなものがある。

P24
山崎正和は加藤周一亡き後、現代日本の最高の知識人と言えるだろう。どこからどうみても、本当の知識人である。林達夫、加藤周一に続いて平凡社世界大百科事典の編集長を務める人は、山崎正和しか私には思い浮かばない。松岡正剛ではちょっとクセがありすぎる。

思わずうなずいてしまう。うまい。林達夫→加藤周一→山崎正和?  山崎正和があの平凡社の世界大百科編集長にふさわしいかと問われれば、なんともいえないとおもうのだが、そのあとに続く、松岡正剛ではちょっとクセが......で、そのあたりの微妙なことは帳消しになってしまった。しかも、この記述のあとには、高3の現代国語教科書から『鴎外 闘ふ家長』へと話は進んでゆく。この本なら読んだことがあったなあ、などと表紙の絵をフラッシュバックしながら、次から次へと(楽しく)すべるように読み進むのだった。

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三浦展さんが下町と称しては、けっして日本橋あたりを指すことはない。小林信彦にでも言わせれば、とんでもないことだろう。そんなことを考えていると、次のようなところがあった。

P159
下町と言っても、日本橋、神田、浅草、下谷ではなく、スカイツリーの足元から東へ、北へ歩き、東は小岩、柴又を経て市川の形成本八幡まで歩いて永井荷風の終焉の地を訪ね、北は新井薬師の周辺から北野武の育ったあたりまでを歩いた。

日本橋近辺を意図して避けている。旧日本橋区からすれば、近郊といえる地域を選んでいる。三浦展さんの郊外というテーマと関連があるのだろう。

どうやら途中をスキップすることなく、本当に自分の足で歩いたらしい。上記の文章に続けて、電車では乗り換えがあって遠いと感じても、歩くと距離が近いことや、町から町へと歩くにつれて町の雰囲気がグラデーションのように少しずつ変わることを実感したという。

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文体について

驚いた。久々にこうした内容と出会えた。率直にご自分の文章を書くにあたって、心がけていることを紹介している。

箇条書きでまとめてみると

1)わかりやすいために、官僚的な作文にしない
では、官僚的な作文とは。「東大話法」ということもある、なにを言いたいかわからず、責任の所在が不明で、誰に何と言われても言い逃れができる文体のこと。勝つことはないが、絶対負けない文体。
「こうと言えないこともないが、そうであるとも言い切れず、さはさりながら、どうとうかこうとか」という文章。三浦さんは三菱総研にいて、自分にもこうした官僚的な文章が書けることを発見したと書いている。

では、わかりやすいために心がけていることとは
① 主語を曖昧にしない
  何を話しているのかわからない人は、大体主語が曖昧。いつ、どこで、なにを、だれにも曖昧。
② 指示代名詞もできるだけ減らす
  指示代名詞が何を指示しているのか、みんなが共通してわかるとは限らない。だから国語のテストに「それ」とは何を指しているのか二十字いないで書け、と言う問題が出る。みんなが間違うから。だったら、使わない。いつ、どこで、なにを、もはっきりさせる。
  日本人は自信がないと指示代名詞を使う傾向がある。「あの~」「その~」と言う。「そうしましょう」と言っても、どうするのかわからない。自信があれば指示代名詞を使わない。
③ 文章と話し言葉がほぼ同じ
  一種の言文一致体。文章を書くときは、できるだけ、そのまま話し言葉にしても聞きやすいように書く。『「家族」と「幸福」の戦後史』のときには、この本をそのままでドキュメンタリーにして、ナレーションをNHKの三宅アナウンサーが読んでいるというイメージで書いた。
④ 言文一致体では、「ですます調」と「である調」も統一しないほうがいいようだ。
  文章が苦手だという人は試してみるといい。話し言葉で、ナレーションを書くつもりで原稿を書く。話し言葉だと多少論理の展開がおかしくても気にならない。横道にそれたり、蛇足だったりしても、かえって味が出る。この話し言葉を最高に洗練させたのが落語だろう。
⑤ 逆に話すときは、できるだけそのまま文章になるように話す。

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【おやっと思ったところ】

P337
(将来大きく成長する人は、普通の人とは違う何かを持っている。)だからといって、人と違えばそれでいいというわけでもない。誰もが考えるべきことなのに誰もが考えずに済ましていることを考えることが重要なのだ(と思います。)

P344
ぶれない軸を手に入れるには、いわば「体幹」を鍛えるような読書と経験が必要だ

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【紹介している本の中から】

『現代日本人の意識構造〔第八版〕』NHK放送文化研究所編
『「東京DEEP案内」が選ぶ首都圏住みたくない街』逢阪
まさよし+DEEP案内編集部
『デパートを発明した夫婦』鹿島茂/講談社現代新書/1991年
『神保町書肆街考』鹿島茂/筑摩書房
『大人のための東京散歩案内』三浦展/洋泉社

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【誤植】のよう。
P112
(ロバート・モーゼスについて)一九八八年、ドイツ系ユダヤ人の裕福な家庭に生まれ、子どもの頃から、コックが料理し、召使いが給仕する夕食をシャンデリアの下で食べて育った。イエール大学に入学し、オクスフォード大学に留学し、帰国してコロンビア大学で政治博士号を二十五歳で取得。以下略

生年が正しくは1888年。