甘茶日記 中野翠 毎日新聞社 2005年12月10日 印刷 2005年12月25日 発行 |
2004年11月から2005年11月までのコラム集。単行本収録に際し、適宜初出からの解題・加筆を行い、特にタイトル名のないものはすべて『サンデー毎日』だそうです。
あとがきにいわく、この一年、私が最も不快に思った言葉は「勝ち組・負け組」なのだそうです。理由は、そう簡単には説明できない。としながらも、「勝ち組・負け組」なんて根本的に下品です。と続けます。
こういう場合、そしらぬ顔をして、いっさい相手にしないのが「粋」というものでしょう。「大人」というものでしょう。
だそうです。ここで「ついに出ましたよ!」と思いました。「粋」という価値基準。このところ、自分でもずっと思っていたことでした。口にしてしまっては「無粋」になってしまいます。
上品・下品のさらに上位にある粋・無粋。
p74
●世にも奇妙な物語●人生の寄り道(2005年3月6日号)
『洞窟オジさん――荒野の43年』(加村一馬著、小学館)
友人の坪内祐三氏にすすめられたのだそうです。そういえば、当時、そんな話を耳にした記憶があったような。なんだか、わかる気がします。
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p16
●出たーっ、あの怪優●分裂気質の「いい人」●渋い本二冊
『挑戦者たち』(みなもと太郎、少年画報社)というマンガがとても面白かった。この九月に出た新刊。自分でみつけたわけじゃあない、友人の呉智英先生がある雑誌で紹介していたので知ったのだけれど。
エッセー・マンガって言うのかな。京都出身の団塊世代で幕末維新史に詳しい著者が、思い出の中によみがえる人たちの姿を軽妙に、そして批評的に描き出している。
高校生の頃に親しく接した太秦(うずまさ)の映画人たち、アルバイト先の貸本屋(宅配方式)のおやじ、京都の街のあちこちに史跡を残す幕末の志士たち、アメリカ西部劇のまっただ中で暮らした唯一の日本人ジョン万次郎......。
どの話も面白く読んだけれど、私が一番「好きだーっ!」と思ったのは「映画人たち③」と題された章。吉田義夫にまつわるエピソードだ。
吉田義夫と言ったら......団塊世代(特に男)にとっては、その名を口にするだけでゾクゾクとうれしくなってしまうという、懐かしの怪優だ。昭和三十年代の東映お子様時代劇の悪役として鮮列な印象を刻み込んだ(ある意味で)大スターだ。
何しろ顔がデカイ。コワイ。モノスゴイ。これがことさらにスゴイ顔を作って、子ども心をおびやかすのだ。ナマハゲのように(本書によると、のちにTV映画『悪魔くん』で悪魔メフィストを怪演したというが、私は知らない)。
著者は高校卒業後もアルバイトで時代劇映画に端役として出演していたのだが、撮影所の人たちの問では吉田義夫の評判は「悪役ほど実は善人」という通説通 りすはらしいものだったという。そして著者が大人になったある日のこと、東京の喫茶店で著者は吉田義夫とバッタリ出会い、やがて親しく会話を交わすことに なる。
そこからの話がすごくいいのよ。素敵なのよ。(余計なお世話ですが)ページで言うとP61からP65までね。特にP65の三段目の二つのコマね。爆笑と 涙なしには見られない。吉田義夫という人の生真面目さ、愛と憧れの強さ、誠実さ、あたたかさが私の胸を直撃する。
ほんとうに懐かしい、昔の、いい人だったのねー。
私はこの章、五回も繰り返し読んで、一コマ一コマの味を堪能した(隅の喫茶店マスターの何気ない描写まで楽しめました)。
著者みなもと太郎には『風雲児たち』という有名な代表作があるらしい。読みたくて、うずうず。困ったなあ。映画だけでもいっぱいいっぱいなので、マンガはあえて読まないようにして来たんだけどなあ。どうしよう。
以下略
中野翠氏の文章から、「いっぱいいっぱい」なる言葉が飛び出すとは思っていませんでした。これって、抵抗あるなあ。
中野さんは、「TV映画『悪魔くん』で悪魔メフィストを怪演したというが、私は知らない」といいますが、この顔を見たら瞬時にピンときました。主人公の悪魔くんが笛を吹くと、頭のてっぺんから煙を出してもだえ苦しむさまが可笑しかった。お灸の大判みたいのが乗っていたのではなかったでしょうか。
番組放映は1966年からでした。中野翠さんはご覧になっていなかったというのもわかります。お子様向けでしたから。
少年マガジンを大学生が電車の中で恥ずかしげもなく読んでいて、などと言われるのはもうちょっとあとでしたか。
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