ちょうど夕べ、この本の最後を読み終えたところでした。
| 本を読めなくなった人たち/コスパとテキストメディアをめぐる現在形/中公新書ラクレ 861 稲田豊史 中央公論新社 2026年02月10日 発行 291頁 |
今朝、ヤフーニュース(無料版)をながめていると、この本の著者稲田豊史さんが書いた記事(「ダイヤモンド・オンライン」からの転載)をたまたま見つけました。「なぜ新聞は売れなくなったのか?実はCDアルバムと同じ理由だった」は、この本に書かれていたのと同じ内容です。
ヤフーニュースのもと記事はこちらです。
| なぜ新聞は売れなくなったのか?実はCDアルバムと同じ理由だった 稲田豊史:ライター、編集者 社会「それ」って「あれ」じゃないですか? 2026年3月5日 8:30 ダイヤモンド・オンライン リンク、こちら |
ちなみにCDが売れなくなった理由は、サブスクが普及したから。CDよりもはるかに安い値段で、手軽に何万という音楽が聴けるのだから、それでいい。
CDアルバムは本来、ジャケットのアートワークや曲順設計やブックレットの解説文なども含め、世界観を表現する「文化的な作品」でした。しかし、それはコアなファンにとっての話です。多くの人は安く聴ければよかったわけだし、多くの曲が持ち運べて保管に場所も取らない。
新聞の場合は、ニュースなんてネットから無料で読めるじゃないか。それで十分だろう。今さら有料なんてあり得ない。
ここには反論もあるだろう。新聞には単なるニュース以外に、骨太な論説や論考、丁寧な調査記事や味のあるコラム、読者投稿、文化面の特集記事など、ネットでは無料で読めない読み物もたくさん載っているではないか、と。
(しかし、)多くの人は、社会生活を送るうえで「知っておかなければ恥をかくニュース」を押さえておくために新聞を取っていただけであって、それ以外の記事などろくに読んでいなかった。
だからこそ、ネットでニュースだけが無料で供給されると知るや、日常的にインターネットに触れている人から順にニュース供給元として新聞を選ばなくなり、無駄な出費を抑えたにすぎない。
「新聞」と「CD」の売れなくなった理由をまとめると
「必要最低限の社会適応装置」にしか金を払わない
多くの人は「教養」や「文化」にではなく、「必要最低限の社会適応装置」にしか金を払わない。筆者も含む書き手やメディアの人間は、この身も蓋もない残酷な事実を認める必要がある。
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次の一文に納得しました。
(ネット配信の便利な例につづけて)しかしそれらを踏まえても、物理メディアという「モノ」でしか供給されない文化的な諸要素が、思いのほか多くの人にとって「なくても支障はなかった」という残酷な事実には――骨太な読み物記事を心血注いで執筆する新聞記者と同様に――かつて多くのアーティストがショックを受けたのではないだろうか。
つまり、物書きってえのは、先に苦労を味わったアーティストさんに学べってことか。いや苦しみをともに分かち合えってか? そこまでは著者は言ってないけれども。
【追記】2026.03.08
東洋経済オンラインの記事「話題の本 著者に聞く」で本書『本を読めなくなった人たち』が取り上げられました。著者稲田豊史氏へのインタビューが読めます。リンク、こちら
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