[NO.1663] 昭和三十年 代演習

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昭和三十年代 演習
関川夏央
岩波書店
2013年05月28日 第1刷発行
194+6頁


今年は昭和百年だそうで、昭和特集を目にすることが増えました。本書は出版されてから12年も経ち、しかも昭和三十年代だけに対象を区切った内容ですが、興味深く読むことができました。

ところで、どうして昭和三十年代なのか。これがもし二十年代であれば、まだ占領軍による影響が強すぎるのでしょうか。なにはともあれ独立し、貧しくとも元気だった(と呼ばれることの多い)昭和三十年代。
著者関川夏央さんは昭和24年生まれですから、小学校入学から中学校卒業までがちょうど昭和三十年代に該当しそうです。肌感覚としての時代の空気を覚えているでしょう。

書名に「演習」のつく理由が最初に説明されていました。(P.1)もとは岩波書店の若い編集者たちを相手に関川さんが話した内容だったのだそうです。つまり、彼らへのお話=演習です。〈若い聞き手たちの質問やものの見方に教えられるところが、とても多かった。〉といいます。天下の岩波書店編集者ですよ、聴講者は。

かつて愛読書だった『夏彦迷惑問答 誰か「戦前」を知らないか』(山本夏彦、文春新書)は〈工作社の「共通一次」世代の若い女性社員数人を相手に、主に明治大正昭和初年の世相風俗について直接間接の知識見識を駆使して語る一冊で〉した。

平成11(1999)年出版の『夏彦迷惑問答 誰か「戦前」を知らないか』が今の若い社員は戦前のことを知らないといいますが、2013年出版の本書にとっての昭和三十年代は、わずか50年そこそこしか経っていない昔のこと......とも言いきれないのですね。

本書を読むと、どれだけ現代の若い人に当時の世相が通じなくなっているのかを思い知らされます。同時に自分が親の年代の世相をどれだけわかっていなかったのかを類推してもいました。こうして歴史は巡っていくのですね。

出版社サイトに詳細な紹介と目次が出ています。リンク、こちら 


「原っぱ」は、空襲の焼け跡の名残りです。P.7

当時の日本は、東京であれどこであれ、子どもたちであふれていました。子どもの数が異常なまでに多く、子どもたち自身でさえうんざりするほどでした。P.12

昭和三十年代は、大陸で旧制中学、旧制女学校を出て帰国・復員した少年たちが社会の第一線に出た時期でした。『砂の女』の安部公房や、もう少し若い世代で音楽の小澤征爾の世界的な活動も、この頃始まります。P.125

私たちは、いくら懐かしくても昭和三十年代に帰ることはできません。かりに帰れたとして、花粉症のない快適さはあっても、「ウォシュレット」どころか「水洗」のない環境には耐えられないでしょう。どんな回想にも、現実のにおいはともなわないのです。
昭和三十年代は、端的にいえばですが、不便さと「教養」が共存した時代でした。「教養」は「文学」といいかえてもよいでしょう。
貧しいにもかかわらず、人は意地を張るように本を買いました。P.193

どこかしこものっぺりしたアスファルトで舗装された道路ばかりになってしまった今の日本では、「水洗」のない環境を理解しろという方が酷なんでしょうね。