ソングライターの秘密/論創海外ミステリ 320 フランク・グルーバー 三浦玲子 訳 論創社 2024年07月20日 初版第1刷印刷 2025年07月30日 初版第1刷発行 227頁 |
こりゃあ、ミステリーというよりもユーモア小説ですね。それもゆるーい。
これまで著者名はもとより、「論創海外ミステリ」というシリーズ名すら知りませんでした。
裏表紙にある紹介が目をひきます
ラストシーンでのジョニーの粋な計らい、そしてサムの潔さにほろりとさせられます。いつもはペテンまがいのことをしれっと行い、やりたい放題に見えるジョニーたちは、やはりこのシリーズの愛すべきキャラクターであることがよくわかります。人が持っている本来の正義感や善意が感じられ、胸が温かくなることでしょう。(「訳者あとがき」より)
胸が熱くなるような作品は、ちょっと読むのは遠慮しておこうかなって気分のとき、〈胸が温かくなることでしょう〉という紹介にちょっとのってみようという気が起きるものです。
これは翻訳小説ですから、原題と出版年がどこかに載っているはずだぞとページを探していると、あれま。
P.2
Swing Low,Swing Dead
1964
by Frank Gruber
えッ? 1964年? そんなに古い?
今から50年以上も前に書かれた小説であることに面食らいました。なぜなら、「訳者あとがき」には〈(シリーズが)ついに完結〉なんて、あるものですから。
P.226
訳者あとがき
ついに完結! フランク・グルーバーの〈ジョニー&サム〉シリーズ第十四作目、最後の長編をお送りします。
(途中略)
また、ストーリーの中で少々、唐突で突っ込みを入れたくなるような矛盾点も見受けられことがありますが、原文を尊重し、そのまま訳しました。細かい点には目をつぶっていただき、ジョニーとサムのドタバタ奮闘ぶりを中心に楽しんでいただけたらと思います。
それはそうと、〈ストーリーの中で少々、唐突で突っ込みを入れたくなるような矛盾点も見受けられことがありますが、原文を尊重し、そのまま訳しました。細かい点には目をつぶっていただき、〉って、こんなことが書かれた「訳者あとがき」は初めてです。あまりに無邪気すぎませんか。まるでフォローになっていませんよ。完成度の低い作品であると白状しているみたいです。
この小説を読んでいると、まるで寒い冬の晩にぬるめの風呂にのんびり浸かっているようなリラックスした気分が味わえます。
◆ ◆
本作の魅力のひとつが、いちいちニューヨーク、マンハッタンの地名があれこれ出てくるところでした。地図で追ってみると、思った以上におもしろい。そこで小説に出て来た場所を時系列順に地図上で追跡してみました。なかなかおもしろい時間つぶし。ただし、舞台は今から五十年以上も前のニューヨーク。なんだか『ふりだしに戻る』のジャック・フィニイの小説みたいな感覚です。
P.7
●〈四十五丁目ホテル〉八二一号室
ジョニー・フレッチャーとサム・クラックが住んでいる
P.19 他
●〈ソーダスト・トレイル〉
タイムズスクエアにある薄汚いちっぽけなバー
〈四十五丁目ホテル〉からすぐのところにある
(〈四十五丁目ホテル〉は、〈ソーダスト・トレイル〉から数えて)通りの二軒さきにある P.27
P39
●〈八十八クラブ〉
五十三丁目
P.41
●〈ブランタノズ〉〈スクリブナーズ〉五番街の書店
ジョニーから(自分が)書店員だと言われたヴォーン・ヴァン・デア・ハイデが聞いてきたとき、言われた書店名がこれだった。
P.61
●〈ゴーガティ〉の店
(〈四十五丁目ホテル〉から見て)通りの向こう
サムがニック・コンドルに脅された
P.70
●モナドノックビル
312号スイートにマードック社
P.80
●〈マンガーホテル〉
〈ソーダスト・トレイル〉から見て、通りの向こう側にある
ピアニストのキャシディが住んでいた
P.121
●楽器屋(レコード屋に途中から表記が変わってしまった)
●デイジー・レコード
四十五丁目と四十六丁目の間の七番街に楽器屋があった。ジョニーは、ブロードウェイから店を見つけた。交通の喧噪の合間に、店の扉の上に備えつけられたスピーカーから鳴り響く音楽が聞こえてくる。タイムズスクエアの群衆を目覚めさせるような音だ。(略)
ジョニーは四十六丁目へ向かって歩き、信号が青になるまで待った。通りを渡り始めると、束の間、喧噪がやみ、スピーカーからの音がはっきりと聞こえてきた。
「〝大好きロリポップ......〟」
再び喧噪が次の歌詞をかき消した。ジョニーはふいに足を止めた。ブロードウェイに入ってきた一台のタクシーがジョニーの姿が目に入らずに、寸でのところでぶつかりそうになった。運転手がジョニーに向かって罵声を浴びせたが、ジョニーは構わず通りを渡った。
七番街の西側に着くと、店の音楽がさらに大きくはっきり聞こえてきた。
(途中略)
ジョニーはレコード屋を出ると、角のタバコ屋へ向かい、デイジー・レコードの住所を調べた。それは五番街にあった。
ジョニーは四十六丁目をそのまま進み、六番街を通り過ぎて五番街へ向かった。二ブロックほど左へ行くと、コンクリートと鉄筋作りのガラス張りの巨大な建物があった。案内によると、デイジー・レコードはにフロアを使っていて、メインは二十二階にあるようだ。
→ タイムズスクエア、ブロードウェイの描写が詳しい
P.153
●リバーサイド・タワーズ
コンスタンティン・パレオロゴスの家がある
車はすぐに(〈四十五丁目ホテル〉から)発車して、六番街を突っ走り、左折してそのまま五十九丁目まで進むと、そこで左折し、リバーサイド・ドライブへと向かった。
(途中略)
十二階でエレベーターを降りると、専用フロアになっているのがわかる。つまり、パレオロゴスがフロア全体を使っていると言うことだ。
(途中略)
パレオロゴスは、ハドソン川をはさんでニュージャージーまで見渡せる豪奢な部屋にいた。
P.172
●ブロンクス・ハイツ修理工場
一五七丁目のコンコースにある
タン&グレイタクシーの修理工場
P.178
●ドナ・ワイヤーのアパート
西五十九丁目一四七 五一二号室
二つの高層ビルにはさまれた古いビルだった。それでも、ビート風ナイトクラブで歌うことで生計を立てている女性にとっては、かなり高額な家賃を払っているに違いない。
多々ものの入り口に案内人はいなかった。
P.189
●コンドルの住まい
コンドルの住まいは、西の一番はずれ、十二番街近くの西四十八丁目にある〝仕事場〟だ。
◆ ◆
ところで、〈フランク・グルーバーの〈ジョニー&サム〉シリーズ第十四作目、最後の長編〉とありますが、14作のタイトルを知りたくなりました。裏表紙の見返しには、つぎのようにあります。
論創海外ミステリ 既刊案内 噂のレコード原盤の秘密 仁賀克雄 訳 |
これじゃ、本作を含めても10作ににしかなりません。巻末の広告ページにも同上の9作品しか載っていませんでした。
◆ ◆
時折顔を出す、若者言葉が痛いんですが。本作の年代は1964年のニューヨークなんですよね。ここに出てくると「違和感」を覚えるのは私だけ?
P.17
「モート・マリが、しこたまゲットしてくれるさ、サム」ジョニーは明るく言った。
P.199
「(途中略)やっぱり、あまりにおいしい話は嘘くさいからなあ」
P.206
「それで、ドナは五万ドルゲットする。(以下略)」
つぎだけは、逆に古くさい(すぎる)言い回しじゃないかな。戦前の捕物帖みたい。
P.207
サムはバーでヴォーンの腕を肩にからませて、しっぽりとくつろいでいた。
P.217
ミスター・マードックは、歌詞を送ってきたカモに五十ドルでも百ドルでも、彼らがとりあえず払える額を負担させる。カモが貧乏(ボンビー)なら、強力なコネがあることを話す
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