[NO.1647] 東京百景

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東京百景
小沢信男
河出書房新社
1989年06月05日 初版印刷
1989年06月15日 初版発行
263頁

著者小沢信男さんは、お名前を目にするたびに思い出す、気になる方でした。最初のきっかけは津野海太郎さんの文章から。

巻末の著者略歴から
一九二七年、東京・銀座生まれ。泰明小学校、都立六中をへて、日本大学芸術学部卒業。短篇『新東京感傷散歩』で花田清輝に認められ、以後、小説、ルポルタージュ、評論、戯曲、詩、俳句等、多彩な活躍をつづけている。主な著書に、『わが忘れなば』『小説昭和十一年』『若きマチュウの悩み』『犯罪紳士録』『犯罪専科』『車夫と書生の東京』など。

昭和二年の銀座生まれで泰明小学校の卒業生ですよ。

本書は小沢信男さんのベストアルバムのような編集です。短篇集、句集、随筆、点描と称していても、書評が多いといった豪華欲張った内容。統一テーマは書名にある「東京」。そのあれこれだから、『東京百景』。

どれもが忘れがたいものばかりでしたが、本書でいちばんだったのが「句集」でした。これまで韻文は嫌いだと思っていたので、自分でも驚いています。俳句を読んで、こんなにしっくりきた経験はなかったはずです。どういう条件が重なったのだろうか? と自問自答しているところ。

【追記】
〈第Ⅱ章 句集 東京百景〉が、いったいどういう理由で、こんなにもしっくりきたのか。その後、ちょっと考えただけでわかっちゃいました。(なんだかなあ)

俳句に添えられた「詞書き」の地名(とその俳句)にがーんとやられてしまったみたいなんです。初めからがつんでしたよ。
P.92
 浅草仲見世
元日や田谷力三とすれちがう

 浅草場外馬券売場、初レースは正月五日
はずれ券舞うや御慶の空の下

 羽田空港、荷下しきりもなく
ジャンボ機のはらわた長き初荷かな

 両国
初場所の横綱弱き八字眉

 鳥越(とりごえ)神社
ハレーいまどこまで来しやどんど焼く

 茗荷谷のひとに
度忘れの度合いやいかが日脚伸ぶ

これが最初の見開きページ掲載分です。仲見世の田谷力三にノックアウトされましたから、その後は推して知るべし。

ページを繰ると

P.94
 向島三囲稲荷(みめぐりいなり)
小寒の逢瀬つめたき小鼻かな

俳句は抜いて、地名だけを抜粋すると、
築地
王子駅前商店街
高輪泉岳寺門前
見開きの最後の句が

 雑司ヶ谷(ぞうしがや)墓地、北隅に小泉八雲、
 泉鏡花、永井荷風ら近接して眠る
やわらかに闇うごめくや沈丁花

ふたたびページをめくると

P.96
 ......だから清の墓は小日向(こひなた)の
 養源寺にある。
ねずみ坂きりしたん坂春日永

 王子稲荷
 嘘つきにはもちあがらぬ石を祀る
来し方や撫でれば石のあたたかく

 四谷見附
夕暮れて土手の連翹キミとボク

 小石川植物園
遠足の少年老いしかな薬草園

 湯島界隈
暮れかぬる坂やホテルの潜り口

 上野駅ホームにて
陽炎のレールのさきの在所かな

P.98
 町屋、火葬場を望む
花曇り日毎ひと焼くうすけむり

 向島長命寺、成島柳北の碑あり
花吹雪むかしの人は顔長く

 浅草伝法院心字池
花びらを呑んで吐きだす真鯉かな

......だから清の墓は小日向(こひなた)の
養源寺にある。これでもう、わたしはノックアウトされました。こりゃ禁じ手ですよね。

っといいながら、なんだか、失礼ながら月並みなような気がしてきました。甘いといいますか。狙っているというか。

で、なんで地名にやられたのかというと。これらの地名をぶーらぶーらと歩いてみたかったのですね。自分でも。なかには。ここで詠まれたのとは違う季節ではありますが、自分でも歩いたことのある場所もありました。

このところ、まるで蟄居のような生活だったもので、ぜひまた出かけてみたいものだなあ、などとぼんやり考えていたら、うらやましくなったというのが、(これらの句に小さな感銘を受けた)理由だったのかな。

P.112
麻布長谷寺
柳橋
愛宕山男坂
東京タワー展望台
目黒行人坂
上中里
水天宮
鷲神社への雑踏のなか
竜泉、一葉記念館
三輪浄閑寺
南千住円通寺

きりもなや

 ◆ ◆

装丁 田村義也
カバー絵 深川不動尊朔日諸人参詣するの図
表紙絵 新橋停車場之図
扉絵 四谷左門町お岩稲荷の旧跡
 (いずれも山本松谷『新撰東京名所図会』より
切絵・写真・ 亀山巌

今や電子データで見られととはいえ、残念ながら、上記の場所は含まれていませんでしたが『新撰東京名所図会』の一部はネットから見られます。公開しているのは江戸東京研究センター

品名:新撰東京名所図会第一編~第五編 
品名:新撰東京名所図会第十一編~第十五編 

目次
Ⅰ 短篇集 わたしの赤マント
   わたしの赤マント
   その白い手を
   抜けて涼しき
   帽子が消えた
   釣り落とされた魚
   いろはにほ屁と

Ⅱ 句集 東京百景

Ⅲ 随筆 季節のある街
   大木戸のかげろう
   大手町のカルガモ
   上野動物園のゴリラ
   門前仲町のみこし行列
   西戸山公園のゴミ
   赤坂豊川稲荷のイタチ
   湯島天神の絵馬
   蒲田駅東口の砂埃
     *
   敬礼する子供たち
   平壌の看板文字
   街頭の市長さん

Ⅳ 点描 東京――明治・大正・昭和・平成
   彰義隊始末――杉浦日向子『合葬』を読む
   二つの銃声――明治天皇小伝
   グッド・オールド・デイズ――サイデンステッカー『東京 下町 山の手』を読む
   「青鞜」の女たち――大正の自由人
   空想家と広重――中野重治の戦中と戦後
   私史の市史――安田武『昭和 東京 私史』を読む
   東京一九三六――八四――桑原甲子雄の写真から
   大森三代――小関智浩『大森界隈職人往来』を読む
   駅前の人生――焼け跡闇市のころ
   女の戦後史・パンパン
   行く春を大梅の人と――御沓幸正『ヒッチ俳句』を読む
   カナしい街――種村季弘『東京百話』を読む
   四行詩の町――花田英三『東京夢現百景』を読む
   下町サロン――『浅草染太郎の世界』を読む
   都市の底の相貌――浅倉喬司『メガロポリス犯罪地図』を読む
   ああ東京湾岸――佐久間充『ああダンプ街道』を読む
   タマシイより愛をこめて――野呂重雄『ベトナム最後の砲弾』を読む
   昭和改元の日――そして平成改元の日
   風景としての東京

あとがき

1981年北朝鮮へ団体で招待されたときに、すべての移動が車(の利用)だったとして、つぎのように続けます。

P.148
 こういうのを大名旅行というのだろう。おかげで終始ラクチンで有難かったが、そのうち少々は困惑もおえぼえた。東京にいれば、私はついぞこんなに車に乗らない。自家用車にもタクシーにも無縁で生きている。その代わりに歩く。あの町この町のなるべく裏通りをテクテク散歩するのが、ゼニの要らない道楽なのだ。

あの町この町のなるべく裏通りをテクテク散歩するのが、ゼニの要らない道楽なのだ。 まるで荷風みたい。

いいな、ゼニの要らない道楽なのだ。