[NO.1621] デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界

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デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界
村上春樹
文藝春秋
2024年02月25日 第1刷発行
159頁

「帯のコピー」から


《表》
「僕の⼤好きなジャズ・レコード188 枚のことを書きました」

チャーリー・パーカー、カウント・ベイシー、ビリー・ホリデイ、スタン・ゲッツ......ジャズの⻩⾦時代に数多くのジャケット・デザインを⼿がけた伝説的アーティスト、デヴィッド・ストーン・マーティン。彼がデザインしたレコードを敬愛し蒐集してきた村上さんが、所有する盤すべてをオールカラーで紹介。
⼿にとって⾒ているだけで素敵な⾳楽が聞こえてくる、極上のジャズ・エッセイ。

《裏》
「デヴィッド・ストーン・マーティン(DSM)のデザインしたレコード・ジャケットを手にとって眺めているだけで、なんだか人生で少しばかり得をしたような気がしてくるのだ。(...)本書はあくまで、DSMのデザインしたジャケットをひとつの柱として、僕がジャズへの想いを自由に語る本、という風に考えていただけると嬉しい」(まえがきより)

『古くて素敵なクラシック・レコードたち』『更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち』に続く(?)3冊目。今回はジャズレコードのジャケットから。

黄金時代のジャズに熱中したことがないので、詳しいことはわかりません。(デヴィッド・ストーン・マーティンという名前を知ったのも、今回が初めて。)それでも、最後までいい気分で読み切ってしまいました。ジャンルでいえば、エッセイなのでしょうか。文章は解説っぽい印象です。思い浮かべたのは、かつてLPレコードにはさまれていたり、ジャケットに印刷されたりしていた「細かいフォント」の解説でした。

妙にくだけた、馴れ馴れしい文体に違和感を覚えたことが多かった、アレです。ほかには、いまからみれば、オタクとでもいえそうな、マニアックな内容を、学術書風の堅苦しい文体で綴ったものもありましたっけ。

村上春樹さんが本書で書くのは、それらのどれでもなく、「品のいい」文章です。読んでいて気持ちがいいエッセイ。

きっと、村上さんが楽しい気分で書いているからなのでしょう。自分の好きなことを、楽しい気分で書いたものが、嫌な気持ちにさせられる文章のはずがありません。

それにしても188枚とは、なかなかの枚数です。レコードですから分量もありそう。ご自分のことをコレクターではないというのが可笑しかったです。5千円、または50ドルを価格の上限として、それ以上の値段なら買わないようにしているって、村上さんらしい。それでも188枚。
デザインについてだけでなく、演奏(家)についても、素人が読んでもわかりやすい内容でした。そうじゃなきゃ、終わりのページまで読み切れませんね。ただし、演奏者の名前はかなり偏ってます。ベーシストなんてひとりもいません。ピアニストが3人、ギタリストはひとり。

 ◆ ◆ ◆

P30
(にもかかわらず、)この二枚組LP「アット・ザ・シュライン」は間違いなく、ゲッツの代表作のひとつにあげられるだろう。ライブでのゲッツの演奏には、聴くものの心を揺さぶる自然で率直なパワーが具わっており、それがすべてのものごとを凌駕(りょうが)していく。

「スタン・ゲッツ」についての文章です。ここであえて「凌駕」なんて語句が出てきたので、目がとまりました。すると、次の「レスター・ヤング」でも。

P34
 いずれにせよ、この右手に剣(らしきもの)を持ったドン・ジョバンニ風のレスターの姿はなかなか魅力的だ。しかしなぜレスター・ヤングを騎士に見立てるのか、その理由はわからない。レスターは終始平和と安穏(あんのん)を好む、傷つきやすい性格の人だったから、そんな人に剣をもたせてもなあ......という疑問は残る。

ここでは「安穏」です。ここまでくると、意図的なんでしょう。内田樹さんの書くものに、これほどではありませんが、意図的に挿入された漢語が一回はあったみたいです。

 ◆ ◆ ◆

359頁(奥付を入れると360頁)というページ数な割に、そこそこの厚みになったのは、紙質がいいからでしょう。レコードジャケットがすべてカラー印刷ですから。

そしてハードカバーです。なかなか立派な製本。こんな仕立ての本は、昔はあたりまえに出版されていました。こういうのが「書籍」ですよね。値段も含めて、こんなことができる村上さんの幸せを、読者は共有したくなるのでしょう。書き下ろしです。いったい何部すられたのでしょうか。