クリスティ短編集(二)/新潮文庫 クリスティ 井上宗次・石田英二 訳 昭和36年12月20日 発行 平成06年04月30日 55刷発行 平成09年06月05日 58刷発行 375頁 |
TVドラマや映画で見慣れた内容ですが、あらためて読んでみると、それはそれで「しっくり」くるところが新鮮でした。よく言われたように、動画画面の推移にせわしなく追い立てられる必要もありません。
本書の翻訳が昭和36年だったことが手伝っているかもしれません。行間からただよってくる香り、品のよさがあります。そもそも58刷というのは、なかなか他にはありません。(平成9年の時点)
マープルものもポワロものも、それぞれ有名な作品ばかりが選ばれているので、ほとんどがすでに読んでいたような気がします。あれ? もしかすると、TVドラマで見たのかもしれません。
【収録作品】
「マープルもの」
溺死
クリスマスの悲劇
「パーカー・パインもの」
不満な軍人の事件
不満な夫の事件
金持ちの女の事件
シラズの家
高価な真珠
デルフィの神託
「ポワロもの」
遺言書紛失事件
首相誘拐事件
安アパートの冒険
マーズドン荘の悲劇
百万ドル公債の盗難
グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件
どうしてもつい、思ってしまうのが、「このネタ、どのTVドラマで見たんだっけ?」という下世話なことばかりです。それもBBC制作なんかじゃなくて、日本の刑事物でして。最近では刑事物どころか、恋愛ものにだって、サスペンス「的な」スパイス風味として、クリスティのネタが使われていたりしてますよね。なんだかなあ。
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おやっと思ったことのひとつに、「腎臓(キドニー)入りのプディング」がありました。
P330
われわれがこの店のすばらしいステーキや腎臓(キドニー)入りのプディングを賞味しているあいだに、(以下略)
今やネット検索すれば、簡単に調べられます。「ステーキ・アンド・キドニー・パイ」というのもあるので、ネット上でも「ステーキ・アンド・キドニー・プディング」とで入り乱れていました。プディングとパイとでは違いますが、なかには同じと称している記事もあったりして、混乱しているような。
ウィキペディア(英語版からの翻訳)では
ステーキとキドニー プディングは、ビーフステーキと牛肉、子牛肉、豚肉、子羊の腎臓をスエット生地で包み、コンロでゆっくり蒸した英国の伝統的なメイン コースです。
とあります。プディングは蒸してあるようでした。リンク、こちら
いずれにしても、『クリスティ短編集(二)/新潮文庫』にあるような ステーキや腎臓(キドニー)入りのプディング ではなさそうです。なぜなら、ステーキや腎臓(キドニー)入りのプディング では、いわゆる一枚肉のステーキ「と」腎臓(キドニー)入りのプディング の両方を、それぞれ食べたことになってしまいます。
ですが、Steak & Kidney Pudding という料理は、「ステーキ・アンド・キドニー・プディング」という単一料理の名称である「プディング」のことを指すようなのでした。この際、プディングとパイの違いは(ひとまず)置いておいても、ステーキ「や」キドニープディングという訳し方は違っていそうです。
今やネット検索すると、日本人の旅行者だけでなく、英国人と結婚して現地に暮らしている日本人奥様が発信しているSNSの投稿を(日本語で)読むことさえできます。こんな料理についてもお手軽に調べられるのですね。
留学中の漱石は Steak & Kidney Pudding を食べたのだろうか、なんて想像してしまいました。あるいは、この『クリスティ短編集(二)/新潮文庫』を(もし)吉田健一が読んだなら、 Steak & Kidney Pudding の訳について、どう感じただろうか、とか。もしかすると、翻訳上での、こんな細かな行き違い、勘違いなんて、他にいくらでもありそうです。
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P374
改版にあたってこの度改訂版を出すに際して、若い読者によみやすくするために、新表記に改め、漢字を制限して仮名を多くした。また巻末の訳注を文中に入れることにし、さらにまたこの機会を利用して、不備な箇所はできる限り改めた。
これ以上重複するのを避けるため、後は省筆するが、読者が第一集の「解説」の後に付した「改訂にあたって」を読まれるよう希望する。
井上宗次
(一九九三年晩夏)P375
注記本短編集に収録した作品のうち、「不満な軍人の事件」は、新潮文庫『青い壺の謎』にも収められています。これは『青い壺の謎』が、イギリスのテレビシリーズのために新しく編集されたもので、その編集方針を尊重してほしいとの原版元の強い希望により、やむをえず重複して刊行したものです。読者の皆様のご理解を、お願いいたします。
新潮文庫編集部
ここでいう「イギリスのテレビシリーズ」とは、どのシリーズを指すのでしょう? 気になります。
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