[NO.1613] 圏外編集者

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圏外編集者
語り 都築響一
朝日出版社
2015年12月10日 初版第1刷発行
2016年02月05日 初版第3刷発行
255頁

あとがき「むすびにかえて――「流行」のない時代に」が強く残りました。

音楽業界、美術、建築、ファッション、そして出版業界。そこに身を置く人でズレに苦しんでいる人は少なくないはずだといいます。ここでいうズレとは?

P254
 この時代を決定づけるのはなにかというと、それは僕らがすでに「トレンドのない時代」に突入しているのではないかということ。たぶん、現代史上で初めて。
 かつては情報格差というものがあった。ふつうのひとには手に入れられない最新情報を、パリコレやニューヨークのクラブや、ロンドンの美術館で入手できる専門家がいて、それを一般人に広めることで「専門家」という商売が成り立ってきた。パリコレのトレンドが東京のメーカーに吸収されるまでに1年、東京から地方の店に広まるまでまた1年、そんなタイムラグが長いあいだ存在していたおかげで。
 インターネットがすべてを変えてしまった。アーティストとリスナーがSNSで直接つながれて、世界のどこでも同時に画像や動画や音源が共有でき、参加もできて。ワンクリックで日本中どこにでも Amazon の箱が届いて。そこにはもはや「東京」と「地方」のタイムラグも、「専門家」と「一般人」のタイムラグも存在しない。
 そういう時代に僕らはもう、メディアにトレンドを教えてもらう必要はない。メディアが特権的に情報を収集して、「流行」として把針できる時代がとっくに終わってしまっていることを、既存のメディアの人間がいちばんわかっていないのかもしれない。
 いちばん大切なことに、いちばん目をつぶろうとするテレビ局。エコとか言いながら、いまだに何百万部という印刷部数を競う大新聞。意地悪の黒い塊のような週刊誌......トレンディだったはずのメディアが、いちばんトレンドから遅れてしまっている皮肉な現実。(以下略)

本書の初版からすでに10年近くが経ちます。テレビの終焉はもとより、新聞をとっている家庭が今どれくらいあるでしょう。雑誌もしかり。

これがかつて『TOKYO STYLE』で衝撃を与えた著者の言葉(それも10年も前の)でした。

 ◆  ◆

「流行」のタイムラグの話、いろいろ思い出しました。

某作曲家(アレンジャー)は、アメリカにいる親族に依頼して、その当時に現地で流行していたレコードを、片っ端からダンボールに詰めて日本に送ってもらっていた。そのおかげで(アメリカでの)最新流行を自分の曲に取り入れ、日本で流行作曲家として仕事をしていたといいます。

ジャンルは違えども、似たようなことは、学者の世界では、それこそ明治期以来、当たり前のことだったのではないでしょうか。いち早く西洋で流行っている本や雑誌を手に入れることで、その地位を保っている学者がいたことは有名な話です。自分の論文など書かなくても、海外の潮流、流行を紹介するだけでやっていけた時代がありました。古くは洋行なんて言葉のあった時代もありました。