銀河帝国の興亡2 怒濤編/創元SF文庫 アイザック・アシモフ 鍛治靖子 訳 東京創元社 2021年12月24日 初版 388頁 |
初読は52年くらい前のことでした。その後、数十年前に一度読み直したので、今回で3度目になる銀河帝国。もちろん鍛治靖子さんの訳で読むのは初めてです。1巻で慣れたせいなのか、読みにくさも感じずに2巻も読了。早川書房版は読みにくくて閉口した記憶があります。
言葉遣いが現代風なので、あっさり読めたのかもしれません。今や、もう当たり前となった、出だしの文頭に出てくる「なので......」「なのに......」も普通に使われていました。なんども使われていますが、たとえば、
P365
トランの筋肉は、音を立てて張り裂けそうなほどこわばり痙攣(けいれん)していた。なのに力を抜くことができない。(以下略)
どうしても、斬新(新奇)に感じてしまいます。
そのくせ(といってはなんですが)、こんな古風な表現に出会ってしまいました。
P82
リオーズは莞爾(かんじ)と笑んで背をむけた。
莞爾 って、石原莞爾 以外で目にしたのは初めてではなかったでしょうか。意味は「喜んでにっこり笑う様子」。訳者はどうして、これを使ったのでしょう?
◆ ◆
2巻を読んでいて、おやっと思ったのは、通信手段として使われる「カプセル」でした。1巻でも出てきた気がしますが、今回は特にこれが気になりました。現代ならスマホの液晶画面でメールやメッセンジャーアプリを使うところでしょう。ここでは印字された用紙をカプセルと称する物体に詰め込んで送り合うのです。
50年くらい前のこと、ある総合病院で会計を済ませるためにベンチで待っていると、天井から伸びた透明な筒(直径15センチくらいだったでしょうか)の内部を圧搾空気でカプセルが素早く移動してきました。会計事務のお姉さんが手際よくそのカプセルを開封すると、中から会計に必要な用紙を取り出すのが見えました。どうやら上の階にあった診察室から送られた来たようです。シューッという音とともに移動するカプセルが、輝く未来を垣間見せてくれているようでドキドキしたものです。
この小説で描かれたカプセルというのは、もっとずっと小さく、手のひらにおさまってしまうほどです。その通信カプセルが何度か登場します。
P110
バーはポケットをさぐった。(途中省略)そして小さな金属球をテーブルの上に放った。
デヴァーズはすばやくそれをひろいあげた。
「こいつはなんだ」
「通信カプセルだよ。(以下略)
ロックされた通信カプセルの中身は モノグラムで飾りたてた羊皮紙のような通信紙 が入っていました。こんなところで羊皮紙とは!
別のところでは、こんな描写が出てきました。
P312
帰宅すると、書斎に個人用カプセルが届いていた。(途中略)それは、ほかには誰も知らない波長を使って届けられたものだった。
つまり、電報のようなイメージでなのでしょう。波長というからには電波でしょうか? もっとも、普通の電波では銀河系を横断するのに、いったい何年かかるのかわかりません。そのあたりは触れないでおくのがお約束。なんとかウェーブなどと呼んだりしていそうです。とりあえず、個人宅の書斎に届けられるときには 個人用カプセル に通信文が収まっているようです。
そこで次に気になったのが、紙 の存在です。なにしろ液晶ディスプレイが存在しない世界ですから、普通に 紙 が行きわたっているのです。ブラウン管ディスプレイの存在も怪しいし、普通に紙に印刷された新聞が出回っています。
へーえと思ったのが 星図 です。この際、ワープ航法については脇へ置いておくとして、銀河系の 星図 は、どうやら紙に印刷されているようでした。大海原を航海する船に常備されていた海図みたいなイメージでなのでしょう。
P296
「きみが口をつぐまなきゃ、そうなるかもしれないさ」トランは星図を乱暴にがさがさいわせながら、うなるように答えた。
紙製じゃなければ、がさがさいわせ ることはできないでしょう。
現在、オフィスから紙類を減らすという話があります。滝藤賢一さんと横沢奈津子さんの出ているTVCMがあります。「電子帳簿保存法」でしたっけ?
ここで、第3巻のことに触れるのはご法度かもしれませんが、ちょっとだけ第3巻に触れます。P184では、何枚にもなる脳波記録のコピーを入れるの「もの」として「ブリーフケース」が登場します。その場面では、部外者に見られないようにしなければならない、などという重要種類です。紙なんかじゃなく、電子データであれば、パスワードも簡単に掛けられるでしょう。表示させるにはノートPCやタブレットで充分です。クラウドに保存がルールです。くれぐれも「USB メモリスティック」など、使用厳禁が現在の常識ですよね。今やスマホの顔認証でさえ、浸透しています。
◆ ◆
最後のミュールを描写したところが、こんなだったとは、ちょっと意外でした。以前の翻訳では違っていたはずです。
P381
そして彼は、一度もふり返ることなく、去っていった。
所詮、ひとの記憶はあてにならないといいますが、たいした違いはありませんでした。下記が厚木淳さん訳です。
P373
彼は振り向きもせず、二人から離れて行った。
もともと原作者の原稿があって、そこからの翻訳なのですから、そうは違わないということでしょう。
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