[NO.1592] 黄色い本/ジャック・チボーという名の友へ/アフタヌーンKCデラックス

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黄色い本/ジャック・チボーという名の友へ/アフタヌーンKCデラックス
高野文子
講談社
2002年02月22日 第1刷発行
2002年11月11日 第3刷発行
152頁

高野文子さんの漫画で、 [NO.1586] ドミトリーともきんす が面白かったものだから、他には何が? と探して、『るきさん』に続く高野文子さんの3冊目でした。いやあ、文学度が高かった。坪内祐三さんのいう「文学」でした。

目次
黄色い本/ジャック・チボーという名の友人  5
CLOUDY WEDNESDAY  79
マヨネーズ  91
二の二の六  123

4つの作品のなかでは、最初に収められている「黄色い本/ジャック・チボーという名の友人」が秀逸でした。都市伝説のようなエピソードに揺さぶられます。この一作が完成するにあたっては3年の月日を要したとか、完成度を高めるために原稿の3割の部分をあえて削ったのだとか。意図的に人物をかわいくは描かなかったとか。

作品内で交わされる方言、高野さんの出身地方の方言なのでしょうが、これがなんとも、こちらに刺さってきました。時代設定も含め、作中の基根ちゃんがまるで自分であるかのような気持ちになってきたのです。ちょうど基根ちゃんくらいの年齢のとき、この方言を話す親戚の家に夏休みいっぱい世話になったことがあります。この方言だけで、やられてしまいました。当時の記憶がよみがえってきました。

時代の流れからいって、「チボー家の人々」というのも、弱いところを突かれたとなりそうです。一定の年齢から上なら、いっぱいいそうな気がします。海外文学全集がいちばん日本で売れた時代、1966年。

P077
 この作品は1966年に白水社から発行された『チボー家の人々』(ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 山内義雄訳)という小説を題材にしています。作中に、原著書からの抜粋が多くありますが、これは作中人物の思考、行動を主題と考え、それに関わると思われた部分を中心に行いました。原本の内容を侵さぬよう苦心したつもりではありますが、原著者、訳者の意図したところから外れてしまった可能性があります。それらはすべて私の責任であります。ご了承ください。なお、気持ちよく引用を許可してくださった白水社と山内義雄氏のご遺族に感謝いたします。 高野文子
Roger Martin du Gard "Les Thibault" (c)Editions Gallimard, 1922 株式会社フランス著作権事務所提供

こんなのを読んだだけで、かっこよさに打ち震えてしまいます。ガリマール版ってやつですよね。

コマわりのなかが、全部文字だけ(『チボー家の人々』本文からの引用)という斬新なアイディア。かわいくない人物。リアルな描写。この作品は忘れられなくなりました。

 ◆  ◆

『チボー家の人々』第5巻奥付が描かれています。

P075
一九五六年九月 五日初版(以下かくれて見えません)
一九六六年五月一〇日三八版発行

白水社版全5巻を読み終わって、図書室に返す場面です。

パリでぼくを尋ねるならば/ユニベルシテ町に兄がいる

留守の場合は/メーゾン・ラフィットへ
ことづけてくれれば連絡が

知っているわ

リラの花の/咲いている家で/しょう

良く/知っているね

ええ

いつでも来て/くれたまえ
メーゾン・ラフィットへ

図書室の係りの生徒が書架に5巻を戻し終えた場面で、またセリフが繰り返されて終わります。

いつでも/来てくれたまえ
メーゾン・ラフィットへ

『ポーの一族』と樹村みのりの作品(菜の花畑シリーズとか)がミックスされたような気分になります。

この図書室の描写には懐かしさを覚えます。戦前は兵舎だったという、自分の(記憶の中の)中学校に似ています。

実(み)ッコ
その本買うか?
注文せば良いんだ。
五冊買いますすけ/取り寄せてください/言うて

好きな本を
一生持ってるのも/いいもんだと
俺(おら)は
思うがな

と言う父もいい。

 ◆  ◆

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 ◆  ◆

映画、小津安二郎監督の『麦秋』1956年
09分10秒あたり

「面白いですねえ、チボー家の人々」
「どこまで、お読みになって」
「まだ四巻目の半分です」
「そう」

紀子(原節子)と矢部(二本柳寛)が、朝の北鎌倉駅ホームで交わす会話です。

朝の出勤時、電車を待つあいだに矢部(二本柳寛)が「面白いですねえ、チボー家の人々」手にした本を差し出すと、紀子(原節子)が尋ねます。「どこまで、お読みになって」

昭和26年の北鎌倉駅ホームでは、こんな会話があってもおかしくなかったという設定なのでしょう。めぐまれた階級の人々です。

矢部(二本柳寛)の手にする本『チボー家の人々』は、白水社版に見えます。

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