[NO.1580] 荷風流 東京ひとり歩き/楽学ブックス/文学歴史8

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荷風流 東京ひとり歩き/楽学ブックス/文学歴史8
近藤富枝 監修
JTBパブリッシング
2008年10月15日 初版印刷
2008年11月01日 初版発行
144頁

「ひとり歩き」の達人だった永井荷風の散歩をお手本に歩いてみようと勧めます。あまたある類書のなかで、監修が近藤富枝という贅沢な本です。『本郷菊富士ホテル 文壇資料』『田端文士村 文壇資料』『馬込文学地図 文壇資料』の著者です。出版社は JTBパブリッシング ですから、この手の編集はお手のもの、申し分ありません。山の手、銀座、浅草、玉の井、深川、市川の6方面に分け、代表作品とからめて街歩きを楽しめる構成になっています。

P4
荷風流ひとり歩きのススメ
目的もなく気分次第で

 荷風の「一人歩き」は生涯にわたって続けられ、なによりもの楽しみであった。
 とくに何処へ行くという目的もなく歩き始め、その時の気分、出会った風景、興味を覚えたものに導かれ、何時間も何キロも歩くことはしょっちゅうだった。とりわけ川の流れに沿って歩くのが好きで、子どもの頃からの性癖であると自分でも苦笑しつつ書いている。
 そして歩く時は必ずひとりで、傘を携え、背広にネクタイ着用で出かけるのだった。(途中略)
 荷風が歩き回ったのは、戦前は本郷、小石川、牛込、九段といったいわゆる山の手、住んでいた麻布から銀座、浅草の繁華街、そして「陋巷(ろうこう)趣味」を満たすための玉ノ井、戦後は住んでいた千葉県市川あたりと、非常に限られた地域である。
 荷風の行動半径は「歩いていけるところ」とさえ言えて、もちろんまったく乗り物に乗らなかったわけではないが、遠くどこかに旅行するということはほとんどしていない。
(途中略)
生涯で旅行らしい旅行をしたのは、軽井沢に二度ほど行っただけである。(以下略)

群れず属さずひとりで

 本書は、そんな荷風に倣ってその足跡をたどりつつ、「ひとり歩き」を実践するヒントを提示するものである。(以下略)

生涯にわたって続けられ(る)、なによりもの楽しみ。それが(荷風にとっての)「一人歩き」だったといいます。井の頭五郎さんじゃないですが、「いいじゃないか、いいじゃないか」ですよ。真似しない手はありません。

意外だったのが、(荷風の)歩いた範囲が(思っていたよりも)狭かったことです。

戦前は本郷、小石川、牛込、九段住んでいた麻布から銀座、浅草の繁華街玉ノ井戦後は住んでいた千葉県市川あたりと、たしかに非常に限られています。荷風の行動半径は「歩いていけるところ」とさえ言え(そうです)。生涯で旅行らしい旅行をしたのは、軽井沢に二度ほど行っただけであるには苦笑してしまいました。昔の東京人は遠出をしなかったというとおりです。

群れず属さずひとりで

この見出しに惹かれました。とかくメダカは群れたがるでしょうか。

P44
荷風好みの川の手下町

 東京は山の手に対して下町を川の手と呼ぶ人もいる。(以下略)荷風の深川散歩にはいくつもの川や橋の名が出てくるが、歩いた道筋を現存する橋と川でたどってみると面白い。いかに荷風が健脚であったかを実感できる。
 荷風のように清洲橋を渡り小名木川沿いにずっと歩いてみる。

いかに荷風が健脚であったかを実感するためにも、まず歩くことですね。とにかく長い距離を歩いていたことが、健康につながったのだといいます。下町を川の手と呼ぶというのは知りませんでした。

 ◆  ◆

向島、浅草、しいて今、歩く気にはなりません。人が多くて、小ざっぱり。そんなところをどうして今さら歩きましょうか。せめて石碑は変わらないでいてくれるなら、とすこし気持ちが動かないわけでもありませんが。ならば、荷風先生のいうところの淫祠めぐり?

 ◆  ◆

本書の特徴は写真の多さです。ほかの類書とくらべると、当時の風景写真ひとつとってみても、珍しい部類のものばかりが使われていました。P9 昭和初めの東京名所アルバム「九段坂より神田を望む」という写真は、もしかすると初めて見たかもしれません。銀座のカフェ各店の表写真も面白し。

もちろん、荷風関連の写真の有名どころ(定番)は、ほぼ網羅しているのではないでしょうか。欲をいえば判型が小さいことくらいですが、これは本自体の大きさによる制約なので、仕方がありません。ムックだったら、どうだったかと考えます。どれもが古い写真ばかりなので、スキャニングすれば拡大できたでしょうか。

素人が撮ったという、浅草で蕎麦を食する荷風の顔! 「素人カメラマンの撮影された尾張屋の荷風。(井沢昭彦氏撮影)」 「浅草観音境内のベンチで昼寝する荷風。」

まず、本書表表紙の写真です。荷風といえば、なんといっても、これがいちばんでしょう。大友克洋のアニメに登場したのは、この絵柄でしたす。(◆カバー表:市川の自宅から外出する永井荷風(木村伊兵衛撮影)) 裏表紙の写真は、荷風というより、むしろ背景の街並みのレトロ感です。(◆カバー裏:地下鉄銀座線浅草駅地上出口の永井荷風。昭和22年冬、68歳の時)

P102 永遠の散歩者 永井荷風 と題した近藤富枝さんの文章が面白い。へーえ、というところがありました。身もふたもないことや、当時の常識は、だれも書いてくれませんから。直截に書かれたことで、はじめて腑に落ちるといいますか。

ちょっと癖のある書き方が特徴でしょうか。

(出だし)、三ノ輪の浄閑寺で開かれた荷風忌には荷風を偲ぶ会合が開かれており、「一度指名され焼ける前の本堂で講壇に立ったことがあ」ったそうです。「見渡すと聴衆にはほとんど女性がいないのもこの会の特徴である」といいます。