どうしてなのか自分でもわからないまま、忘れられないことがある。そんなひとつに、あるテレビ番組のシーンがあった。
かつて広島カープに在籍した、衣笠祥雄という野球選手へのインタビューだった。
それが再放送されるというので、あわてて録画した。
この番組の
26分21秒のあたり
ナレーション:最近衣笠選手は遠征先での外出をやめて、ホテルの部屋にこもることが多くなりました。
NHKスタッフが衣笠選手のホテルの部屋を訪れる。部屋はビジネスホテルのようで、狭い個室。ベッドの他にはほとんどスペースもない。小さな机の上に置かれたラジカセからは、大きなボリュームで音楽が流れている。
部屋で新聞を広げている衣笠選手に、スタッフがこう質問する。「音楽はこういうものをお聞きになるのですか。」
衣笠選手「いろいろあるけども、そのときの気分やね。」と答えながら、積み上げてあるカセットテープを触る。
ナレーション:衣笠選手はスランプになると持ち歩くものがあります。大好きなソウルミュージックの入ったカセットテープ。そして一本のバット。もう一つが十四年前に出版された、なぜかゴルフの本です。
衣笠選手の手にしているのは、『近代ゴルフの心と技術』(金田武明/産報レジャー選書)という一冊の本。
番組の展開としては、衣笠選手がスランプをどう抜け出そうとしているのかを伝えようとしている。流れもそっちへもっていきたいらしい。
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ところが番組の趣旨とは関係なく、この場面が強く印象に残った。この後、たびたび思い出すことになる。つまり、今から思うと、1986年06月06日(金) 午後08:00 ~ 午後08:45 このテレビ番組を見ていたときの自分は、ひどく驚いたのでした。
その理由は、衣笠選手が聞いていた「大好きなソウルミュージック(?)」というのが、思いがけない「ジャニス・ジョプリン」(の歌声)だったからだ。ヘロイン中毒のため、1970年に27歳で亡くなったロック歌手ジャニス・ジョプリン。彼女のだみ声が狭い部屋に流れていた。それはストイックな衣笠選手とはとても似つかわしく思えない。けれども、衣笠選手はジャニスの歌声にあわせて首を振っていたのだ。それを見て強い違和感をおぼえ、同時になんだか感動してしまった。
晶文社『ジャニス ブルースに死す』は愛読書だったし、彼女がモデルの映画『ローズ』を見たあと、しばらく席を立てなかった。けれど、ジャニス・ジョプリンを聴く野球選手というのは想像もできなかったのだ。
なにしろ、この番組のタイトルのように、17年間も休まず出場した努力の男という衣笠選手のイメージが先行してしまい、ジャニス・ジョプリンはどちらかというと眉をひそめる人が多かったのです。
後から知ったことには、衣笠さんは洋楽がお好きだったとのこと。ラジオ番組「鉄人ミュージック」は10年間も放送されていた。番組を見た1986年の時点で、そんなこと知るよしもなかった。
ところで、ジャニスの歌はソウルミュージックなのか? 違和感を感じた理由は、それもあったんじゃなかったかな。
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