本の雑誌2021年4月号 特集=津野海太郎の眼力

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本の雑誌2021年4月号 
No.454
花かつお山盛り号
特集:津野海太郎の眼力
~『アデン アラビア』から『植草甚一スクラップブック』まで、津野海太郎がつくった本~

びっくりした。失礼ながら、去年の本誌でのツボちゃん追悼号を思い出してしまった。どうやら発端は浜本編集長らしい。

P21
 そしてさらにこの二月、私が八十三歳になる寸前に、とつぜん浜本さんから「こんど『本の雑誌』で津野さんの特集をやりたい」というメールをもらった。「ええっ、私の特集なんて売り物になるの?」と返事をすると、「大丈夫です。やりましょう」という答えがもどってきた。
 恩ある浜本さんにそこまでいってもらえば、もはや逃げるわけにはいかない。覚悟して、芸術家でも思想家でもタレントでもない、ただの元編集者が、ぬけぬけと、こんな場に立たせてもらうことになった。なんだか生前葬みたい、と思いながらね。

ご自分でも「生前葬みたい」とおっしゃっている。

それでは頭から「津野海太郎特集記事」を見ていくことに。

P9
本棚が見たい!
津野海太郎の眼力

もちろん今回はいつものような「書店」編はなく、カラーグラビアぜんぶに津野さんの本棚だけが写っている。最初、パッと見たとき、違和感を感じた。棚の中に本が落ち着かない様子で並ぶ。引っ越し直後の棚みたいといったらいいのか。本が乱雑に突っ込まれたような。あるいは、めぼしい本が抜かれた跡とでもいったらいいかもしれない。東京古書会館地下の古書展、最終日午後の棚を思い浮かべてしまった。

その理由は、この記事を読んですぐにわかった。これまで、本棚からあふれたら整理することを何度も繰り返してきたという。「二十年前から同じ位置に留まっているのは花田清輝全集や長谷川四郎全集など、上段二段に収められた本くらい」。しかも、「執筆中のテーマの資料をまとめて仕事机のそばの棚に並べ、終わったら空いているところに移動するので、坪内逍遙、ジェローム・ロビンス、花森安治、植草甚一など、関連書のコーナーが棚のあちこちにできている」。

終わった資料は空いているところに入れてしまうから、こんな本棚になったのだった。「この家に住む前は三年に一度は引っ越しをし、その都度(本を)処分してきた」。「本に対する執着は薄い」のだそうだ。「本を増やさないことを心がけ、定期的に整理しているので棚に隙間も増えたがそれもよし」なのだそうだ。この本棚の並びに納得。

P12
●突撃インタビュー
厄介なやつほど面白い!
聞き手・佐久間文子

インタビュー記事と一緒に「津野海太郎が読んできた本」というリストが紹介されていて、これがとてもおもしろい。十代の10冊から抜粋すると

P14
吉川英治『三国志』
ヴァイニング夫人『旅の子アダム』
ケストナー『エーミールと探偵たち』
平凡社『児童百科事典』
横光利一『旅愁』
岡本綺堂『青蛙堂鬼談』
戸板康二『歌舞伎への招待』
トルストイ『戦争と平和』
西郷信綱・永積安明・広末保『日本文学の古典』
花田清輝『アヴァンギャルド芸術』

十代というのが、いかに変化の激しい成長期であるかがわかる。それと比べると、40代と50代の違いなど微々たるものに思えてしまう。

インタビューのなかに、こんな内容があって目をひいた。早熟といっていいものかだろうか。(西郷信綱・永積安明・広末保/岩波新書)で、「高校生のときにこの本の勉強会をやっていたんです。」「私は(西郷信綱と)同じ(法政)大学の広末保さんの講義をモグリ学生として聞きに行った。そのころ関心があったのは近松と風土記」という発言が(P13)にあった。

岩波新書で『日本文学の古典』を読む高校生は、ときどきいただろう。この本で勉強会をした高校生は珍しかったかもしれない。けれども、著者が教えている大学の講義にモグリ学生として聞きに行った高校生というのは、いなかったのではないだろうか。(P41)年譜によれば、

1954=昭和29(16歳・高一)都立戸山高校に入学。
1957=昭和32(19歳・大一)『若人』三月号に野間宏への訪問記事が掲載される。四月早稲田大学第一文学部に入学。

とある。そのころの戸山高校には、そんな高校生がほかにもいたのだろうか。

P20
おそれても、それほどおそれない/八十歳の読書術
◎津野海太郎

「本の雑誌」との出会いから今日まで。

創刊時の感想が、今からだと新鮮に感じる。忘れてしまった感覚がよみがえるような気分。

P20
 本誌の創刊は一九七六年。当時、外神田のおんぼろビルにあった晶文社に向かう途中、御茶ノ水駅前・茗渓堂書店の平台にその創刊号をみつけ、なんの気なしに手にとって、ちょっとびっくりした。純文学の同人雑誌ならいくらもあるが、大衆小説好きの、いい年をした大人たちが楽しんでつくったリトル・マガジン。しかも思いきった編集で文章にもいきおいがある。そんな雑誌、あるようでなかったのです。

「そんな雑誌、あるようでなかった」という時代。こういう雑誌もアリですぜ! とは、だれも気が付かなかったのか、それとも気が付きたいなんて思いたくなかったのか。そして、ここの冒頭で抜粋した、浜本編集長とのやりとりへとつづいていく。

P22
津野海太郎がつくった本25冊+3

文章はご自分で書いている。具体的な書名のリストも、もちろん作者は津野さん。このリストは、いいな。

ポール・ニザン『アデン・アラビア』を読んだのは、 樹村みのりの漫画に出て来たからだったのではないかな。ナット・ヘントフ『ジャズ・カントリー』は、長田弘さんの本に出ていたから。植草甚一の2冊『ぼくは散歩と雑学がすき』『ワンダー植草・甚一ランド』は別格として、『ジャニス』(デイヴィッド・ドルトン/田川律(ただす)、板倉まり子訳)を買ったのは、完全にミーハーだったから。

P25
編集部のだれかの案で原本にはないソノシートを付録につけたが、そのだれかがだれだったかも忘れた。

これを読むまで、ソノシートがついていたことを完全に忘れていた。新刊で買ったものの、通読はしていなかったような記憶。前世紀のうちに処分したはず。さすがに『奇妙な果実』は手にしなかった。というよりできなかった。翻訳者が由比正一さんと大橋巨泉だとは知らなかったな。

中原弓彦名義の『日本の喜劇人』は持っていない。文庫になってから買った。それにくらべ、小林信彦『東京のロビンソン・クルーソー』は何度も読み返す愛読書だった。これを津野さんが出したとは、思いもよらなかった。晶文社から出ていたのなら、思いつきそうなものなのに。

P32
私が知っている津野海太郎

このいろいろな人たちの提供する津野海太郎さんのエピソードが、こうしてたくさん集まって、立体的な津野海太郎像が浮かび上がってくるという仕掛け、これも津野さんのお得意な技?

平野甲賀 あの頃/片岡義男 本を読む人/小沢信男 津野海太郎と新日本文学会/室 謙二 つながっていう友人たち/高橋悠治 記憶のゆらぎ/佐藤信 おかしな時代の「世界定め」/南陀楼綾繁 出発点の人/疇津真砂子 編集者にして教育者/目黒孝二 感謝していること/斉藤典貴 忘れ得ぬ言葉/鈴木百合子 歩くひとりものとの25年/高平哲郎 いつも津野海太郎さんになっていた/黒川 創 演劇的方法

P41
津野海太郎年譜
(作成・川口則弘)

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P54
●サバイバルな書物(68)
「わかっていたけど/行動しませんでした」
(二一○○年「歴史」教科書)
=服部文祥

『人新生の「資本論」』
斎藤幸平/集英社新書
装丁・原 研哉

『人新生の「資本論」』は、週刊誌の書評をはじめ、かなりいろいろなところで取り上げられ、紹介された。考えてみれば、服部さんがこの本を取り上げるのは当然だった。内容が服部さんのテーマに沿っている。ストライク。

P54
科学の発展で劇的な温暖化対応策が発見されるに違いないという意見も受け付けない。同じことを『近代日本の一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻』山本義隆(岩波新書)でも指摘していた。

山本義隆さんの本が出て来るとは思っていなかった。

P55
 ただ小さな疑問も感じている。それは犬との暮らしから得た見解だ。犬はただ面白いことを求めて生きているように見える。それをうまく猟師が利用して猟が成り立つ。我々ヒトも同じなのではないのか。成長したいのは、豊かになりたいからではなくて、実は成長しているという感覚が気持ちがいいからなのではないか。我々は面白いことや達成感が大好きな中毒になっている。そして誰もが手にできる依存薬物として「資本主義」と「経済成長」はかなり都合がいいのではないか。
 薬物患者が人類や人類の将来を想像して、薬物摂取を自発的に抑制できるのだろうか。コモンを実践できる人間は、クールな大人すぎて、もはや我々ホモ・サピエンスではない気もする。いや、光明は狩猟採集民から射している、という話は次回予定の別の本。

こりゃあ、次回も読まずばなるまい、という気持ちにさせられた。

P78
机周遊記 翻訳家・久山葉子氏の巻
立って仕事ができる机

久山さんはスウェーデン在住なので、机写真を見ながらの周遊記なのだそうだ。

今回の特徴は、なんといっても「立って仕事ができる」という机にある。

P78
久山 ガラスのテーブルの上にフリーデスクというのを置いてます。木製で高さが9段階まで調整可能。一日の半分くらいは立つようにしていますね。頭がはっきりするし、すごくいいですよ。

去年、第一回目の緊急事態宣言が出たとき、テーブルの上に手頃な高さの箱を置いて、その上にノートPCを乗せて、立って入力をしたことがあった。高さを合わせるため、箱をいろいろ取り替えてみても、ぴったりとはいかなかった。いずれにしても、長続きはしなかった。ノートPCのキーボードが嫌いだというのも、続かなかった理由にあるかな。

P84
ときが沈殿したような店で/名作捕物小説集を買う!
毎日でも通いたい古本屋さん
小山力也(古本屋ツアー・イン・ジャパン)
第40回●東京・蔵前「浅草御蔵前書房」

ああ、あの店だと写真を見てすぐにわかった。初めて見た人には、かなりインパクトがあると思う。

P115
●ユーカリの木の蔭で
まじです
◎北村薫

『考証要集 秘伝! NHK時代考証資料』大森洋平(文春文庫)

に出ているとして、引用がある。孫引きすると

マジ 【まじ】「え、マジか?」といった言い方は江戸時代からあり、一八世紀末にはかなりはやったという。近代の俗語ではない(東京新聞朝刊、二〇〇三年三月二八日)。

本書からの豆知識を使って、北村さんがクイズを出している。

次の人物に対し、その《好物》を以下の語群から選び、記号で答えよ。

1東条英機
2徳川慶喜
3六代目尾上菊五郎

ア 豚肉   イ 桃屋の花らっきょう   ウ シュークリーム

答 1=ウ  2=ア  3=イ

P118
憧れの住む東京へ  第二十一回 浅川マキ(4)
変貌する新宿の/足元で
◎岡崎武志

『幻の男たち』浅川マキ(講談社)1985年

浅川マキには興味がなかったけれど、彼女が書いた小説集だという。しかも私小説だから、おつきあいのあった男性が実名で出てくるとも。「向う側の憂鬱」本多俊之、「プロデューサー」寺元幸司、「埠頭にて」吉田拓郎など。

もっと目をひいたのが、次の一節。

P118
挟み込みの栞の対談相手はなんと柄谷行人。これは講談社文芸文庫に入れてほしい。

P136
タイムトラベラーさん/いらっしゃい
一番リアルなタイムトラベル
藤岡みなみ

浅倉かすみ著『タイム屋文庫』(潮文庫)

読んでみたくなった。