本の雑誌2021年3月号 特集=もしもベストセラーを出したら

00.jpg

今回の「本棚が見たい」書斎編は翻訳家・田口俊樹さん。美しい。東日本大震災をきっかけに整理したのだとか。ご立派。

今月号の特集は「もしもベストセラーを出したら」。あまり興味はわかないかなと思いきや、2番目の記事「長者番付作家編を読み解く=川口則弘」に目がとまった。それは記事よりも、添付された「作家の長者番付」というベストテンの表の方。1948年度からとびとびで載っている。目がとまったのは1977年度版のところ。1977年のひとつ手前は1970年度で、①が松本清張の7825万(円)だったのが、1977年度になると①森村誠一の6億2264万(円)。ちなみに③松本清張は3億0545万(円)で、億に達している。それぞれの表には「※参考」として「公務員の初任給」「コーヒー1杯」の金額が出ているが、そんなことより桁が億というのに驚いた。興味深いのが、その次のページ(1980年度~2004年度)になると少しずつ金額が減っているのだ。1985年度①赤川次郎7億5709万(円)なのが、2004年度①西村京太郎1億4887万(円)に下がっている。なるほどねえ。

 ◆ ◆

【定期連載】について

P38
●SF音痴が行くSF古典宇宙の旅(17)
ディック作品はナチュラルドラッグである
=高野秀行

しばらく続いたフィリップ・K・ディックについての連載も、これが最後。

ディック『スキャナー・ダークリー』のつづきから。ディックとドラッグの関係について。

今回の目玉は、なんといっても高野さんが二十代に試したことがあったという、ドラッグの具体的な種類の多さ。

P38
酒、タバコ、大麻、アンフェタミン(覚醒剤)、コカ(コカインの原料)、コカイン、アマゾンの先住民の使う幻覚剤アヤウワスカ(ヤヘイ)やDMT(ジメチルトリブタミン)、チョウセンアサガオ、ソマリ人やイエメン人の好むカート......。アヘンなど自作して中毒になったし、そうと知らずにヘロインを吸わされて意識を失ったこともある。

そんな経験豊富な高野さんが下した結論として、

P38
 ようやくわかった。ディックの作品自体がドラッグ的なのだ。

なんだかなあ。

P39
 ディックは自分が好きなように愉しんでいいドラッグ、いや作家なのだと今では理解している。

P50
(新刊めったくたガイド)
藤野千夜『じい散歩』に/じわじわ心が温まる"
=高頭佐和子

双葉社のこの『じい散歩』は、週刊誌の書評でも取り上げられていた。

P62
机周遊記 精神科医・作家 春日武彦氏の巻
縦書きモニターと招き猫

最近始まったこのシリーズがおもしろい。久々に見た「縦書きモニター」がいい。こちらのPCは執筆専用で、ネットにつないでいない。「単なるワープロだね」という。調べものやメールは右隣のPCでおこなう。キーボードも別に用意してある。切り替え器は使っていない。

テーマが「ブルックリンの古い印刷工場を改装して住んでいる辛辣なコラムニストの家」なんだそうだ。机の上には「選び抜かれた小物」が置かれ、「完璧な環境」(インタビュアーの言)だという。

写真と照合できるようになっているイラスト図の説明をを精読してしまった。

P68
元コレクター店主との/際どい攻防
毎日でも通いたい古本屋さん
小山力也(古本屋ツアー・イン・ジャパン)
第39回●東京・西荻窪「古書西荻モンガ堂

西荻窪駅からおよそ北に一キロ。青梅街道沿いにある。2012年開店。いやあ気が付いていなかった。西荻近辺の古書店巡りはしていても、このあたりには足を向けたことがない。

P97
●ユーカリの木の蔭で
あかよろし
◎北村薫

「本の雑誌」が書評集という見方をされるようになってしまってから、どれくらい経つだろうか。出る出るといいながら、ちっとも店頭に並ばなくて、苦情の電話が何本も掛かった季刊誌時代。いや、そのもっとずっと以前の話。「本の雑誌」ができる前は、というと、面白かった本の紹介をコピーして、回覧したのが始まりだったはず。

そうなんですよ。こんなおもしろい本を読んだぞ、というお知らせのようなもの。それが、そもそものきっかけだったのではないか。論じたり、評したりではないのだよ。

そのうちに、今や直木賞作家となった馳星周さんが坂東齢人名義で書いていた「バンドーに訊け! 」などというのが出てきた。本の紹介がなかなか始まらなくて、落語でいうところの「枕」が延々と続いていた。読者にしてみれば、そのスタイルが斬新で魅力に感じていたのですがね。おもしろかったなあ。

板東さんにならったわけではないけれど、やっとここからが「ユーカリの木の蔭で」の紹介のはじまり。

今回は「昔はおおらかだった。」という一文から始まり、最後は「若い阿川の、むっとした顔が見えるようだ。」で終わっている。その間、何本かのおもしろいエピソードが紹介される。ちなみに、今回紹介している本は、『私の卒業論文』東京大学学生新聞会編(同文館)。

「つかみ」が、まずうまい。読者の意表を突いている。そして、この本の紹介が、ほんの五行あって、残りはぜんぶがおもしろそうなエピソードの紹介が続く。ところが、その紹介事例がなんとも読ませるのだ。こちらの興味をそそるように書かれている。要領もいい。

あえて、おもしろいエピソードではなく、五行の紹介文を抜粋してみると

P97
 この本は、昭和二十八年春から一年間「週刊・東京大学学生新聞」に連載された文章をまとめたもの。四十人を越す執筆者の名が並ぶ。卒論製作の苦心談を本にし、学生達の手引きにしようという一冊。

手際よく短い字数でまとめている。うまいなあ。山本夏彦の著書に『かいつまんで言う』というのがあったが、この手短にまとめるというのが難しい。

この手際のよさのうえに、読者の心をつかむ(小説家としての)腕前が加わったとしたら、それはもう天下無敵というものですよ。

あえていうと、五行だけの本の紹介だけでなく、エピソードの紹介でも、そのまとめ方、抜粋箇所の見極めなど、やっぱり優れている。

P100
連続的SF話(442)
小松左京のSF
●鏡明
宮崎哲弥の『いまこそ「小松左京」を読み直す』を読んだ

文章のほぼ半分近くを坪内祐三さんの『玉電松原物語』に費やしている。要旨はツボちゃんの記憶のよさについて。『玉電松原物語』は「ほとんどが記憶だけで書かれていることに驚く」と書く。その次もまたおもしろい。

P100
亀和田武もそうだが、彼らの記憶力というのはどうなっているのか。わたしの記憶は穴だらけで、大事なこともけっこう忘れている。それでもこの本の中に何度か唐突に「思い出した」というフレーズが出てくる。ほっとするね。最初から時系列通りに記憶していたら、本当に焦るよ。

そうか、亀和田武さんもそうだったのか。

話は、この先が本論であって、『いまこそ「小松左京」を読み直す』宮崎哲弥(NHK出版新書)が、いかにいい本であるかを紹介している。コロナ禍である今、この題名にある「今こそ」は損をしているという。なぜなら、「日本沈没」と「復活の日」の著者である小松左京を「今こそ読み直す」とは、いかにも便乗本みたいだというのだ。

P101
(『いまこそ「小松左京」を読み直す』は、)驚く程、堂々とした小松左京論であった。「いまこそ」というタイトルに惑わされたわけだが、逆に何故こんなタイトルにしたのか、わからない。

ズバズバ言いますよね、鏡明さん。

P102
南の話(老眼には小さすぎて数字が読めません)←ここに回数が書いてあるはず
チェック、チェック、チェック
=青山 南

それにしても、不親切ですよ。丸数字があまりにも小さすぎて、読めない。このひとつ前の鏡明さんの記事は丸数字を使っていないので、ちゃんと回数が読める。

さてさて、今回はアメリカの雑誌「ニューヨーカー」の厳正な社員について。まず、「ファクト・チェックのきびしさはかなり有名で」と、具体的な例を挙げて紹介している。

つづけて「校正部」(のきびしさ)について。

P102
つい先日に出た『カンマの女王「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』の著者のメアリ・ノリスはその校正部のベテランである。いやあ、簡便してよ、と言いたくなるほど、細かい、うるさい、た、た、た、た、たまらない。(以下略)

「た」が、これだけ詰まった表記もなかなか他では見られない。

今回、青山南さんの記事で気になったのは、「ニューヨーカー」の細かなチェックについてではない。そんなベテラン校正者を悩ます事例として紹介されている内容が目をひいたのだった。

それがLGBTの台頭で「he」と「she」の存続が危うくなっているということだった。

P103
 言葉は、しかし、時代とともに変わる。(途中略)たとえば、LGBTの台頭で「he」と「she」の存続が危うくなっていることに、校正者のノリスはひどくとまどっている。もちろん、「his」「him」「her」「hers」も存続が危うい。なぜかといえば、「he」が「男性」をm「she」が「女性」を意味するとはかぎらず、「男性」だが「女性」だと、あるいは「女性」だが「男性」だと考えるひとたちもいるからで、相手のアイデンティティを尊重して発話するならば、代名詞の選択には慎重にならなければならないのが現状なのだ。じっさい、ノリスの弟は男性だが女性で、しっかりカミングアウトしている。だれかと話していてその弟に言及するとき、ノリスはうっかり、「he,his,him」をつかってしまい、そのたびに「she,her,hert」と言うべきだったか、と悩む。(以下略)

言葉は、時代とともに変化する。

P118
書籍化までZ光年 円城塔
博士論文への道

ここで紹介しているのが
『博論日記』
ティファンヌ・リヴィエール
中條千晴訳/花伝社
装丁・黒瀬章夫(ナカグログラフ)