[NO.1532] 日本語を、取り戻す。

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日本語を、取り戻す。
小田嶋隆
亜紀書房
2020年09月20日 第1版第1刷発行
311頁

発想が面白い。漫才のサンド伊達さんが真似していたように、話すときの間のあけ方、「区切りかた」が独特だった。これまでに耳にしたことのない間のあけ方だっただけに、妙に記憶に残るものとなっていた。

今回、小田嶋さんは音声言語ではなく、日本語の使い方そのものを取り上げている。本書の題名は、かつてのキャッチコピー「日本を、取り戻す」からきている。ほかにも「アベノミクス」もそうなのだが、あいまいな「日本」「アベノミクス」の意味するものは問わない。なぜならば......、と展開していく。

時事問題は風化というのか忘れてしまうというのか。こうして読み返すと、時間の経つことで次々と目移りし、記憶の外に投げ飛ばしていたことの多さに気がつく。もっとも、本書では時系列を編集し直して構成してある。その「並べ直し方」を視点に、読み直してみたところ、さらに面白かった。

「まさに」「いわば」「なかにおいて」の使われ方を分析した結果があとがきにある。どれも、前総理の多用した言葉にあった。それぞれの使われたであろう場面を思い出す。同時に、空疎である例として、「本当に」という語を思い出していた。これは前総理が使ったのではなく(使ったこともあったけれど)、個人的な知りあいが多用したことで記憶に残っていた。スピーチの中で、この「本当に」が飛び出してきたら、〈ああ、この人は本当は(本心では)そうは思っていないんじゃないか〉などと想像したものだ。そんなことを気にしていると、次々と「本当は」多用の事実に出くわすことになってしまい、困ったものだった。思わぬことに、誠実そうな人ほど、これを使うことが多かったのだ。

 ◆  ◆

本書の各文章は、どれもこれもきりがないものばかりで、ちょっと触れると、どんどん深みにはまってしまいそうになる。ここはあえて一つに絞ると、NECという懐かしい名前が出てきた P36~「データは人生であり、墓碑銘である」(「ア・ピース・オブ・警句」二〇一七年六月九日)が小田嶋さんらしい。

朝日新聞からの引用が紹介されている。

P37
学校法人「森友学園」への国有地売却の交渉記録を記した文書や電子データを財務省が廃棄・消去したとされる問題で、同省は〔六月〕2日までに当時使用していた情報システムを更新した。運営を委託していたNECが近くデータを物理的に消去する作業に入る。

ここで小田嶋さんは、ひどく立腹している。それはNECに対してもだ。

なぜなら、小田嶋さんは我が国のパーソナル・コンピュータ黎明期からのハードユーザーなのだから。(『我が心はICにあらず』が愛読書だったので痛いほどによくわかる)。つまり、パソコンという呼び名がまだ珍しかった40年以上も昔のこと。一般人で買うことの出来たパーソナルコンピュータはNEC製PC-8001くらいしかなかった。それを小田嶋さんは自腹で買ったとある。データはカセットテープに保存するしか手段のない時代だった。そのころ、データがいかに貴重であるかを象徴する言葉として「データの一滴は血の一滴」という格言を紹介している。ソフトやハードは、あとからいくらでも補充がきくけれど、データが失われてしまっては、2度と元には戻せない。散々、似たようなことが言われていた。

そんなPC黎明期を知るNECの社員が、データを消去(それも「物理的に」)できるというのは、どうしても考えられない。いったいどうしちゃったんだ。小田嶋さんは「空恐ろしい作業に、どうして手を染める気持ちになったのか」と書いている。

電子データは、いとも簡単に消去できてしまう。しかし、朝日新聞が伝えているのは「物理的に」消去するのだという。ここでも小田嶋さんは「記録媒体そのもののブツとしての文字どおりの破壊を意味しているのだと思う」と、すごい表現で書いている。個人的には、秋葉原にあるPCショップの店頭で展示してあった、ハードディスクが目に浮かぶ。その店では、ハードディスクのデータを消去する究極の方法として、ハードディスクに穴をあけてしまうというサービスをやっていた。処理済みになると、銀色に光るハードディスクの表面には黒々とした1センチ弱の穴が複数あいていた。

もちろん本論にもどすべく、NECから官僚へと話題は進展していく。

小田嶋さんは、これまでに大切なバックアップデータを失った体験があるのだという。それまで何世代ものPCを乗り換え、その都度、データを保存してきていた。それをすべて収めたCDロムが、あるときデータを読み出せなくなってしまったのだそうだ。ベテランユーザーなのだから、複数の手段でバックアップをとることの重要性など熟知していたであろうに。ネタかと思ってしまった。

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本書に収められた文章の幾つかの初出にもなっている、日経ビジネスオンライン「小田嶋隆の『ア・ピース・オブ・警句』」が面白そう。