マルジナリアでつかまえて/書かずば読めぬの巻 山本貴光 本の雑誌社 2020年07月31日 初版第1刷発行 309頁 |
マルジナリアで一冊をまとめてしまったところがすごい。著者の長年にわたる膨大な蓄積が背後になければ、とうていつくれっこない。
英語でマージンといえば余白のことを表す。その余白に書き込みをする人のことを著者山本貴光さんはマルジナリアと呼ぶ。本を読む人は、「本に書き込みをする者と書き込みをしない者に」大きく二つに分けられるとも。
当然のことながら山本さんは前者である。ペンを持たなくては本が読めないのだといっている。もともと高校生のころは書き込みどころか、指紋がつくことすら嫌っていたとも。それがどうしてこのような本を書くまでになったのか。さらにマルジナリアの生態とはいかなるものなのか。非常に多岐にわたって紹介している。奥が深い。著者の知識が豊富なので、一気呵成に読んでしまった。
初出は本書と同じ「マルジナリアでつかまえて」というタイトルで「本の雑誌」(本の雑誌社)に連載したもの(現在も連載中)に書き下ろし2編を加えてある。
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山本貴光さんの本を読むのはこれが初めてだった。もともと「本の雑誌」に連載しているときから(ときどき)興味をもって読んではいた。ところが先日、NHKの番組「趣味どきっ!「こんな一冊に出会いたい 本の道しるべ」」で、偶然そのお姿を見かけてしまい、俄然興味がわいてしまった。その第5回目に出演したライター・エディターをしている橋本麻里さんのパートナーとして山本貴光さんが紹介されたのだ。お二人のあいだ柄をうかつにも存じませんでした。そのすじでは有名な図書館のような新居に見とれるばかり。
大学卒業後はコーエーに就職し、ゲームの企画とプログラムに従事していたとのこと。マルジナリアとのあまりの隔たりに驚くばかり。もっとも、学生時代にはアテネ・フランセで古代ギリシア語を習ったという逸話があったので、なんとなく納得。理系・文系のカテゴリーは不要なんだろうな。小学校入学前から高校卒業までピアノを習っていたというのもうなずける。そこから「ゴルトベルク変奏曲」楽譜へのバッハの書き込みの話が展開する。
ジャンルをまたいだ書き込みの例は、角筆(かくひつ)による仏典への例からNASAのアポロ計画で使われた誘導コンピュータ用プログラムにまで及ぶ。AGCアセンブリ言語をプリントアウトした用紙に手書きのコメント例は、写真が掲載されていた。用紙の左右にドットの開いた横縞模様にドットプリンターで打ち出されたプログラムの余白に「WHY?」「←is it?」と買い込みされている。つい最近、「本の雑誌」で読んだ記憶がよみがえった。写真があるとわかりやすい。
他にも、本居春庭『ことばのやちまた』活用表、デリダ『グラマトロジーについて』等々目が回るなど文字通り横断的な具体例が展開されている。そもそも山本さんは漱石の文学論について扱った『文学問題(F+f)+』(現戯書房)の著者なのだ。
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本書は巻頭にカラーページが32ページも掲載されている。もちろん本への書き込みの例。巻末に解題「口絵の図版について」がある。「石井桃子の書斎から」「山本高光の魔改造」「達人のマルジナリア」。
それだけでなく、本文中には海外サイトにアップされた例も豊富に紹介されている。どれも丁寧なアドレス付き。
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たんなるマルジナリアの紹介だけでなく、ご自分の書き込み方、初心者が書き込みを始めるにはどうしたらいいのかという技術的な(心理的側面も含め)手ほどきまでが説明されている。著者愛用筆記用具の商品名(uni STYLE FIT)から、初心者がマルジナリアをするにはどんな「練習本」から開始したらいいかまで。なんともはや。
本書の初出が「本の雑誌」掲載記事だけでなく、終わりに追加してある2章にも触れなくてはならない。
書き下ろし
「マルジナリアことはじめ」「とある蔵書のインデックス 索引術で深める読書の技法」
特に後者は2015年にリブロ池袋本店でのイヴェントで配布した資料だという。本書の本文でも「索引をつくろう」という章立てがある。そこでは「索引のない本はただの紙束である」(P157)という名言を紹介している。書き込みは本文へだけではない。裏扉などへ自分でつくる「オリジナル索引」がおもしろい。ずいぶん前に読んだ別の本にも同じく、自分で索引をつくることを勧める文章があった。その分量の違いはあっても、これという本にはそんな作業を施すひとがいることに感心した。
本書では、この索引の作り方も紹介している。上記、リブロ池袋本店でのイヴェントでは参加者が索引をつくるワークショップの時間まで設けられていた。いやはや、おそるべし。
もちろん、本書巻末には「人物、組織索引」「タイトル索引(五十音とは別にA-Zもある)」がある。
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「口絵」で紹介されていた石井桃子さん蔵書、『ムギと王さま』(エリナー・ファージョン、石井桃子訳、岩波少年文庫)/昭和37年4刷が欲しくなった。ハードカバーの本で。たとえ版違いでも。『ぜんぶ本の話』で取り上げられていた。
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