[NO.1522] みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。

01.jpg

みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。
坪内祐三
幻戯書房
2020年07月15日 第1刷発行
430頁

坪内祐三が亡くなって、もうじき1年になる。それでもまだ信じられない。新しい雑誌が出るたびに坪ちゃんの連載記事を探してしまう。先日、「本の雑誌」のページを繰っていて、そこにいつもの日記が連載されているのを見て、驚いた。そこには、いつもとかわらないあのありふれた日常が書かれていて、なんだかそれこそ狐に化かされたような気分に襲われた。しばらく経ってから、やっと気がついた。ちょうど1年前の号だったのだ。

◆ ◆

本書については、巻末の平山周吉さんが書かれた「東京タワーなら倒れたぜ」ーー『みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。』跋 にまとまっている。追悼記事としても読みでがある。

本書を「人と時代への追悼の気分が強い」と評し、中川六平さんの通夜について紹介している。どうして中川六平なのか。おそらく平山さんの念頭には、六平さんの死についの記事(「マイ・ばっど・カンパニー」の第1回目)があったのだろう。

坪内祐三デビューのきっかけをつくった六平さんが亡くなったのは63歳だった。坪内祐三にとって大きな存在だった鶴見俊輔、山口昌男、粕谷一希にふれながら次のように書いている。

P54
彼ら(上記3人のこと)の場合は寿命だが、中川さんの六十三歳での死は早すぎる

坪ちゃんの亡くなったのは、それよりも1年早い53歳だった。

どうして本書に、文章量からいっても圧巻である「福田章二と庄司薫」が掲載されたのか。解題がいい。「隠し玉」と呼んでいる。

◆ ◆

つくづく坪内祐三という人は雑誌が好きで、ジャーナリズムの人だったのだ。同時に文学(文芸ではない)が好き。自分のことを文学者と書いていて、おやっと思ったことがある。いまどき文学者という肩書きはないだろうと思ったものだ。

パソコンもスマホもネットもさわらない。活字がすべて。扱う対象は明治期から現代まで。なにより同時代性を重んじた。自分のことを「平成の十返肇」(P357)と呼んだ坪内祐三さんは、「令和」の自分をなんと位置づけたのだろう。

◆ ◆

430ページの分厚い本書に目を通せば、坪内祐三の成り立ちと仕事(の概略)を思い出すことができる。どうしたって、つぼちゃんの場合は、自信のたどってきた生い立ちと人生についても知っていないと面白くない。一連の日記のどれかで読んだ、御実家を失い大変だったという記事は知っていたものの、P344「借金をするなという父の教え」で初めて、金銭面で親族への支援のことがわかった。筆一本で稼ぐ気概。

学生時代から、古本屋で「雑誌」(文芸誌)追悼号を見つけては買っていたという。雑誌、坪内祐三追悼号の『本の雑誌』『ユリイカ』(どうして『ユリイカ』だったのだ?)は分厚かった。

◆ ◆

書名にあるとおり、文学についてまとめたもの。お好きだったブルース・スプリングスティーンは出てこない。むしろ文藝春秋のところではポリティカルな文章が分量をとっている。

◆ ◆

P128「第一次戦後派から「第三の新人」へのつながり具合をきちんと説明した戦後文学史はない」という。本当にそうなのかな。P127「特に第一次戦後派から「第三の新人」に至る"第二の新人"の時代がよくわからなかった」という。

P229『本の雑誌』二十六号で柾木高司(この人が当時『ブルータス』などに連載していた書評的コラムを愛読していたという。事情通の坪ちゃんが「今はどうしているのだろう」と書くくらいなのだから、そのとおりなのだろう。この人の書評集『狂書目録』は愛読書だった。

P251 岩本素白を教えてくれた徳永康元さんのこと 『ブタペスト日記』『ぶたの古本屋』

P253『本の神話学』・『紙つぶて』『書物漫遊記』

P284『本とコンピュータ』編集者で古本ライター、一廻り下、ってどなた? もしかして。  東京堂書店ふくろう店坪内祐三棚(ここのことはよく覚えている)「せどり」よばわりして、「頭に血」を昇らせてしまった人物。怒られた人って、ほかにも大勢いたけど。

◆ ◆

出版社サイトに目次がしっかり掲載されている。リンク、こちら。 こうした書誌情報が大事だ。

巻末には「関連年表」「坪内祐三著作一覧」「索引」がある。関連年表の始まりが1798年 チャール・ラムの最初の詩集が出たとなっていた。「索引」が充実している。なかが「人名索引」「タイトル索引」「事項索引」に別れている。よく、自分でこうした索引をこしらえる人の例がある。たいしたものだ。

◆ ◆

何度も読み返してみて、もっとも記憶に残ったのがP61~「岡田睦さんのこと」だった。第1章 文壇おくりびと「マイ・バッド・カンパニー」所収。

無頼派がかすむ。生活保護を受けながらの施設での日々を書いた「灯」が文芸誌『群像』2010年3月に掲載されたあと、だれも消息を知らないという。

◆ ◆

『玉電松原物語』が新潮社から先月に出た。これが最後の単行本なのかな。