本の雑誌2020年7月号 特集=献辞の研究!

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本の雑誌2020年7月号 水しぶきヘチマ号 No.445 特集=献辞の研究!

 今月の特集は「献辞の研究」。巻頭が新保博久氏。今まで献辞に関心を抱いたことすらない。巻頭が新保博久氏なのだが、これでは宝の持ち腐れ。

 広瀬正『マイナス・ゼロ』では「この本を少年時代の自分に送る」としたのだとある。

P14
「贈る」ではなく「送る」のが、らしくて好い。『エロス』(七一年)では「この本を少年時代の自分におくる」に替えたのは、「送る」が誤植ではないかとでも言われたのか。
 そもそもこんな指摘は、さすが新保教授にしかできない。『マイナス・ゼロ』の献辞への指摘は、前にもいくつか目にしたことがあった気がする。解説にもあったかもしれない。

ところが、『エロス』のほうは全くわからなかった。膨大な読書量のなか、こうしたことに気がつくところ、いったいどんな読み方をしているのだろう。新保教授。

 川出正樹さんの「ポケミス1854点献辞大調査!」という企画もすごい。エクセルを駆使したような図表が添付されている。頭がくらくら。

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 「新刊めったくたガイド」は、今月も冬木糸一さんのノンフィクションが気になった。

『もうダメかも――死ぬ確率の統計学』松井信彦訳/みすず書房

『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』Dain/技術評論社

 後者は、最近いろいろなところで目にした。週刊誌の書評でも取り上げてあった。

P52
 日本の個人書評ブログとしてはおそらく最も有名な「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」

とあった。そうなのか。そんなこと、最近までちっとも知らなかった。完全書き下ろしだという。ブログをまとめて書籍化したのではないのだ。しかも、読書術の本とある。なるほど。

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 毎号、興味深く楽しませていただいている鈴木輝一郎さんの連載。今月は歴史小説を書くための資料について。時代物に興味がなく、あまりのめり込めなかった。

 30年前、とんでもない金額をかけて収集した資料類も、いまや「ネット上で、タダまたは年会費二万円の辞書検索サービスで自由自在に読めるんである」。なるほど。「年会費二万円」というのは、いったいどのサービスなのか、気になる。

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●SF音痴が行くSF古典宇宙の旅(9)
SF界に降り立った最強のエイリアン
=高野秀行

『SF本の雑誌』本の雑誌社/2009年刊行

 この本は、まだ読んだことがない。興味がある。

 で、今回のネタは、この本にある「本の雑誌が選ぶSFオールタイムべすと100」のこと。

1位 『万物理論』グレッグ・イーガン
2位 『ソラリス』スタニスワフ・レム
3位 『マイナス・ゼロ』広瀬正

 1位と2位は納得がいく。しかし、いったいどうして3位に『マイナス・ゼロ』が入ってしまったのか。ということで、話は盛り上がる。

 SFには、うといはずの高野さんが『マイナス・ゼロ』は読んだことがある。で、読み上手な高野さんによる指摘がガシガシ繰り出される。

 いわゆるSF小説とは、『マイナス・ゼロ』はこんなにも違いますよという指摘には納得させられる。

P83
そこにはこれまでの古典SFの旅で得られなかったものがたくさんあった。小説らしい細やかな描写、人情の機微、生き生きとした人物造形などである。(略)

 このあと、具体的に説明が続く。とりわけ、「女性の扱いのうまさは驚異的だ」という件が面白かった。「この小説では俊男は通算三人の女性と結ばれている」そうだ。こんな指摘は初めてである。なにしろ、国産SFのタイムトラベルものでは、ぶっちぎりの有名作品なだけに、あちこちで取り上げられる『マイナス・ゼロ』なのだ。

 逆に、そんな視点から『マイナス・ゼロ』を読んだ高野さんに、興味をもってしまった。SFオタクにはいない人種。
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憧れの住む東京へ――第十二回 洲之内徹(6)
大森に流れて
●岡崎武志

 今月も面白く読ませてもらっていて、おやっと思うところがあった。

 洲之内徹は戦前、深川東大工町の同潤会アパートにいて、特高警察に踏み込まれ、逮捕された。その後、帰京している。

 戦後、妻子を故郷に残し、三十九歳にして再上京、最初に住んだのが大森山王のアパート。「気まぐれ」シリーズの一編「蛇と鳩」にようれば、小学校の近くにあった。おそらく「山王小学校」であろうと岡崎さんは書いている。

P89
アパートの前の路地を下って池上通りへ出る角に酒屋があって、そこでは炭も売っていた

 この店って、「セブンイレブン 大森駅北店」ではないかな。池上通りとジャーマン通りのT字交差点の一本隣にある。今はコンビニだけれど、昔は酒屋だった風情が漂っていた。

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マルジナリアでつかまえて(34)
書いて自分のものにする
=山本貴光

今月号はすごい。取り上げているのが

『本を読む本』M・J・アドラー C・V・ドーレン 外山滋比古、槇未知子訳 日本ブリタニカ 1978/講談社学術文庫、講談社、1997

P96
さて、この本はどこがいいのか。なにより読書を技術として基礎から教えてくれる点がいい。

なるほど、山本さんの紹介を読むと、読書技術のためのトレーニングとして、どれだけ具体的であるのかわかる。

傍線の引き方、記号や印の使い方などなど。読みながら、裏表紙の見返しに、要点を出てきた順番に書いて索引を作る。読後は、表紙の見返しに、本の概要を書く。たしかに、具体的。この方法は、どこかで同じことを書いている人がいたぞ。日本人だったような。オリジナルは、ここだったのか。

他に、日本人の著書を2冊を挙げている。時代と傾向はだいぶ異なった二人。呉智英さんのほうは懐かしかった。

『読書家の新技術』呉智英、朝日文庫、朝日新聞出版社、1987
『現代人の読書』紀田順一郎、三一新書、三一書房、1964

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三角窓口(読者投稿欄)のなか、囲み記事
「この言葉が気になる!」前川博之・会社員66・長浜市

文末の(笑)について「何とも気になって仕方ない」という。

P113
いかにもこれは冗談なんですよ、ここは笑って読み流してくださいよと指示されているみたいで気分が悪い。前後の説明を省いていてできるだけ軽薄短小で済まそうとするのは簡潔な文章とは方角が違うだろう。

「簡潔な文章とは方角が違うだろう」という指摘は、初めてみた。この意見に一票。この投稿の冒頭に、「かなり前から見かけるようになって」とある。これは文芸誌の対談で、よく使われていたような。もしかすると、ずいぶんと以前から使われていたのではないだろうか。対談記事には必ずといっていいほど出ていた。年代として、菊池寛のころとか。それこそ、坪内祐三さんの得意な分野だな。作家と編集者の鼎談とかで、いやというほど見てきた。戦前には使われていたはず。

それが、文人でもない人の普段のメールなどに使われるようになった。手書きじゃない時代になってからではないかな。ワープロより、もっとあと。やっぱり携帯以降。

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書籍化までy光年◆円城塔
安楽椅子探偵の「答え合わせ」

『黄金州の殺人鬼 凶悪犯を追い詰めた執念の捜査録』ミシェル・マクナマラ 村井理子訳/亜紀書房

いやはや、すごい人がいたもんだ。ネットで見ると、有名な話だった。普通の民間人が未解決の殺人事件を調査することは、趣味になり得るということに、驚くしかない。しかも、この著者は犯人にたどり着いたというし。いやはや。

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東京ロシアンルーレット◆江部拓弥
馴染みの店で

『まるで、一杯のかけそば』みたいな話も、とりあえず、今回で完結かな。前回では、会社がつぶれちゃって......という展開に、「えっ?」となったけれど、なんだか人情話になってきたあたりから、あれあれという感じ。まあ、1回の分量が少ないという条件のなか、連ドラみたいに、途中からのお客さんが戸惑わないように、さりげなく、これまでのお話を挿入してあるあたり、なるほど。

新聞連載小説って、ときどき、これまでのあらすじを囲みでまとめてあったな。いまも、そうなのだろうか。

ところで、この話って、対象読者は、どのあたりなのだろう。「佐分利信似のおじさまと、どことなく谷啓を彷彿させる店主と、強いて言えば渡瀬マキ風のお姉さん店員と」って。

浅草軽演劇出身の谷幹一とか関敬六などのドタバタを思い浮かべた。

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今回の「神保町物語外伝」=沢野ひとし は、随分と調べたのだろうか。若い頃に打ち込んだ山物語と竹久夢二の晩年が交差する話。