[NO.1494] 波紋と螺旋とフィボナッチ

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波紋と螺旋とフィボナッチ/数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘
近藤滋
秀潤社
2013年09月15日 第1版第1刷発行
2013年10月31日 第1版第2刷発行
267頁

面白い生き物の形に出会ったとき、素朴に不思議であると思うことがある。特に小さな子供の目に映る不思議。本書でいえば「貝の形や動物の模様」などなど。キリンの模様とトンボの羽の模様(翅脈)と地面のひび割れ模様は似ていないか。

生物学としてというよりも物理学としてのアプローチ(数理の眼鏡)で、そうした疑問を解決できはしないだろうか、というのが本書のテーマだ。ふと思い浮かべたのが荒俣宏さんがいうところの「博物学」の視点かもしれない。

貝殻の螺旋(らせん)模様の解明から始まって、最後の章である筆者の研究過程までを一気呵成に読ませてくれた。文体が飽きさせない。筆者である近藤滋さんが大学の講義で発揮したであろうキャッチーなネーミングと(「大阪のおばちゃんとヒョウ柄の関係性は?」など)、次から次へと繰り出させるエピソードの投入。刺激的なコラムの章を交えた構成の妙。

対談集『書斎のポ・ト・フ』(開高健・谷沢永一・向井敏/潮出版、筑摩文庫)で紹介していた『立体・フランス文学(1970年)』(篠沢秀夫)の文体が読者を飽きさせないのは、学生運動以降の大学ではサービス精神を交えた話術がないと聴いてもらえないことから発明されたものであろうとあった。

このあたりのことを「あとがき」でまとめている。本書では数式が出てくるが、「数学」嫌いはなにも一般の人だけではなく、生物学者のほとんども同じだとのこと。これまでの講義だけでなくセミナーでも培った「ノウハウをつぎ込んだ」のだという。「できるだけわかりやすく、面白く、疲れてきそうなところには、適宜、ボケをかましながら」の「努力をやり倒した結果、このような文体にたどりつ」いたのだとあった。

もっとも、「はじめに」で「中学程度の理科や数学で、まったく問題なく理解できます(そのような説明にしてあります)」とか、P190「フィボナッチ数列の一般項は、大学入試程度の数学で(実際に出題されたことがあります)導くことができ」るといわれても、ここで提示された数式には困ってしまう。だからこそ、文体に救われるのだ。

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こうした生物など自然界に見られる形の不思議を解決してくれるのが「アラン・チューリング」の「パターン」という考えかたなのだというから驚く。映画にもなったナチス暗号エニグマを解読したりコンピュータ原理を考え出したあのチューリングが、死の4年前から興味を持ったのが生物の形態だった。

メンデルの法則で有名なメンデルも、ドップラー効果に名を残したクリスチャン・ドップラーから物理学と数学を学んだ当時としては最先端の物理学者だったという。

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もともと本書は専門誌に書いた連載コラムをまとめたものなので、「形と模様」というテーマのもと、多彩な具体例が続くが、最後の9・10章を読むと腑に落ちる。

筆者近藤滋さんの研究過程が、しこたま面白おかしく紹介されているのだ。それもロールプレイゲームになぞらえて。

なにしろ指導教官である本庶佑教授のことを「ラスボス登場、H先生」と呼んでいるくらいなのだ。本書執筆時2013年にはまだノーベル賞を受賞してはいないとはいえ、5年後にはノーベル生理学・医学賞を受賞したあの本庶佑さんをラスボスと書いてしまうとは。

本書のテーマは「9・10章」を読むだけでも理解しやすいかもしれない。

自然界の成り立ちを数式でシンプルに表現するという考え方には魅力がある。

井上ひさしが「文法に手を出すと身上(しんしょう)をつぶす」からやめておけということを書いていた。なんだかこっちのほうがスケールが小さい。