本の雑誌2020年1月号 初夢二度寝号 No.439 特集=本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト10 WEB本の雑誌リンク |
今月の特集は「本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト10」。例によって、複数の選者に重複して選ばれていると気になる。もちろん、強く推しているとやっぱり気になるけれど。
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p44
新刊めったくたガイド
●林さかな
『ヒア・アイ・アム』が語る私たちの人生
大部だとのこと。値段も張る。
『ヒア・アイ・アム』(ジャナサン・サフラン・フォア/近藤隆文訳/NHK出版4800円)
『とんがりモミの木の郷 他五篇』(セアラ・オーン・ジュエット/河島弘美訳/岩波文庫920円)
こちらの方がいいかも。「心おだやかに読めるので、リラックスしたいときにおすすめの短編集。」とのこと。
P52
新刊めったくたガイド
●冬木糸一
現在進行形の危機を扱う『危機と人類』をぐいぐい読む
『銃・病原菌・鉄』で世界のその名を轟かせたジャレド・ダイヤモンドの『危機と人類』(小川敏子、川上純子訳/日本経済新聞出版社上下各1800円)
P56
続・棒パン日常
本と時間
穂村弘
ここで言っていることは気になる。おいそれと面白がってばかりでは、いられない。下手ながら要約します。
・新しくできな書店に行ってみると、ふかふかの椅子が用意されていて驚く。「これが未来というものか。思わず遠い目になってしまう。」 ・「時の流れ」を感じる別の例。「本に関する用語が急速に伝わらなくなっている」 なにしろ上手なエッセイなので、箇条書きにしてしまうと穂村さんのかもしだす「かおり」のようなものが消えてしまいます。 文庫本が通じなくて「見たことないかな、あの小さくて......」と説明しながら不思議な気持ちになる。パラレルワールドに来たみたい。でも、時間が流れただけなのだ。自分だって未知のジャンルのことはどんなに基本的な用語でもわからない。でも、本は選択科目ではなく必修科目だと思って育ってきたから動揺するのだろう。 上手いなあ。「選択科目」と「必修科目」のたとえ。これなら、角が立たないのでしょうね。でもなあ、なんだか違うぞ、と思っている読者に向けて、ちょっとだけ救いの手が差し伸べられた気にさせられるのが、最後の締めくくりのところ。 上記④(文字だけの本はすべて小説だと思っている人は珍しくない)の例に続けて、 短歌を見せたら、小さくて可愛い小説と思って気に入られるかもしれない。もっと小さいのもありますよ。俳句っていうんですけど。 |
P74
2019年度 私のベスト3
北村薫
①『森鴎外』今野寿美(笠間書院)
②『本にまつわる世界のことば』温又柔、斎藤真理子、中村菜穂、藤井光、藤野可織、松田青子、宮下遼著/長崎訓子絵(創元社)
③『アリバイ』A・クリスティー原作、M・モートン脚本)
刊行順。
二月が①。歌人としての森鴎外について、手に取りやすい形で教えてくれる。正宗白鳥が『文壇五十年』で鴎外を語る手掛かりとした「緋綸子(ひりんず)に金糸銀糸の総模様五十四帖は流転のすがた」の歌も出て来る。/五月が②。各国の本に関する言葉を題材としたショートショートやエッセイが集められている。松田青子の「ななめ読み」などなど、本好きの集まる朗読会で使ったら――と思う。ロシニョールとはナイチンゲール。十九世紀フランスでは売れ残りの本のこと――なんて知らなかったなあ。六月が③。(途中略)
④九月には『この名作がわからない』小谷野敦 小池昌代(二見書房)何十年も前に歩いた古里の風景の、ありきたりの角度からでない絵を見るようで、その道にまた足を向けねばと思う。/十月には『芥川龍之介 家族のことば』木口直子編(春陽堂書店)さまざまな思いの断片が積み上げられ、ひとつの塔を作る。
P82
坪内祐三
③『ずっとこの雑誌のことを書こうと思っていた』鏡明(フリースタイル)
この雑誌とは『マンハント』のこと
P83
春日武彦
①『ともがら(朋輩)』中原文夫(作品社)
藤枝静男や井伏鱒二の、ことに晩年の作品と向かい合うと、文学を味わう喜びそのものを感じる。老成とか枯淡とはまた別の、むしろ奇怪さと自由闊達さとが入り混じったような手応えが迫ってくるからだ。こういったものは、昨今、なかなか求められない。でも、たとえば①はどうか。いまどきの、リタイヤの年齢だがそれなりに元気で、しかしアイデンティティーが不確かになってしまった二人の老人の人生を、自己欺瞞や思い違いをテーマに描き出す。重厚な文体がもたらす説得力を武器に、突飛さだけで一点突破を狙った近頃の幼稚な純文学を蹴散らしてくれ。
井伏鱒二はともかく、藤枝静男の晩年は認知症をながらく患って大変だったとか。作品は、そんなことを予感させない。
P84
柿沼瑛子
③『ヴィオラ母さん』ヤマザキマリ(文藝春秋)
③そんな自由だの犠牲だの寂しさだのを軽くぶっとばすのが『ヴィオラ母さん』である。ヤマザキマリも波瀾万丈な人生を送ってきた人だが、その母リョウコはさらに破天荒で、ともすれば自己憐憫におちいりがちな戦後生まれの女性のおケツを気持ちがいいほどぶっぱたいてくれる。
この母にして、パワフルな著者あり。ヴィオラというのも興味ぶかい。この本を出したあたりから、イタリヤへ留学のきっかけについて、ご自分で語ることが増えました。たしかにとんでもない話だった。
P86
高野秀行
②『世にも美しき数学者たちの日常』二宮敦人(幻冬舎)
②いちばん天才が多そうなジャンルといえば数学ではないか。そんな読者の期待を裏切らないのが本書。日本屈指の天才数学者を訪ね、数学とは何か、どのように研究するのかを訊く。「数学者は嫉妬をしない」とか「数学者はストレスのたまらない職業ナンバーワン」など仰天発言の乱れ打ちにノックアウトされた。嗚呼、天才になりたい、数学者になりたい。
このところ、「数学(者)」をテーマの本を取り上げたコーナーが充実した書店が増えたような。流行なのだろうか。しばらく前に、ロシアの引きこもってしまった数学者を取り上げたドキュメンタリーがあった。かなり壮絶な人生だった。
P96
2019年度現代文学ベスト10
パワーズ『オーバーストーリー』恐るべし!
=佐久間文子
⑩『JR』ウィリアム・エラン 古川綾子訳/国書刊行会
2019年の一冊として、どうしても挙げておきたいのが⑩『JR』である。十一歳の少年が、授業の一環として株式を買ったことをきっかけに、世界経済に大混乱を巻き起こす。奇書として前評判が高かったが、予想にたがわぬ奇書であり、予想を上回る面白い小説だった。
凶器としても使用可能な九百ページ近い小説のほぼすべてが会話。【途中略】
『オーバーストーリー』が出る前に『JR』を読んでいたので、百キロマラソンを走ったあとフルマラソンを走るみたいに、六百ページ超えの『オーバーストーリー』が薄く感じられるという意外な効果もあった。二冊は同じ訳者によるもの。注がみっしり入った超弩級の二冊を同じ年に刊行するだなんて、信じられない荒業、とんでもない偉業だと思う。
900ページ近い本を「凶器としても使用可能」というのは面白し。もう1冊は600ページ超えということは、2冊あわせて1500ページ超えということですか。読んだ佐久間さんもすごいけれど、それを訳した古川綾子さんももっとすごい。この書評文、おもしろくて全文を入力してしまった。やっとこ、途中を抜いた。読んでみたくなる。
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