[NO.1477] 亡き人へのレクイエム

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亡き人へのレクイエム
池内紀
みすず書房
2016年04月07日 印刷
2016年04月19日 発行
260頁

この夏に著者が亡くなっていただけに、このタイトルが気になって手にしました。全部で28人についてのレクイエム。目次で数えていたら、あとがきに書いてありました。巻末に「死について」のエッセイが追加されています。取り上げた人物に共通しているところが「徒党を組むのをいさぎよしとしなかったこと」としています。著者も同じなのですね。出かけるときも一人だと、別の本に書いてありました。

巻末のエッセイに「ウミテラシ」なる小文があります。主治医とのやりとりを記しただけの短いもの。どうしてこんな文章を載せたのだろうかと、初めて読んだときに感じました。ところが、巻末エッセイを最後まで読むと、その理由に思い当たる気がしました。もしかすると、この時点ですでに病気が進行していたのではないかな。

小さなペン画の挿絵が添えてあります。これが味がある絵。目次の間にはさまれているのなんて、堅い独文学者という肩書きにはほど多いイメージのものです。数葉掲載された白黒写真もなかなか。見入ってしまうものばかり。表紙もご本人による撮影かな。

「米原万里」と「岩本素白」については、読んだことがありました。池内紀の文章は、どこか記憶に深く残る気がします。再び目にしたときに、初めて読んだときのことを思い出すことができる。おそらく米原万里のほうは追悼号の雑誌だったような。岩本素白は池内紀が編んだ『素白先生の散歩』からではなかったか。出典をあえて記さなかったというので、わかりません。そのかわりに巻末に載せたというブックリストがありました。小沢昭一の音声リストが目をひきます。CDだけではなく、カセットテープのシリーズがあるのですね。

「小沢昭一」の項に書いていましたが、著者は自分で録ったのであろうテープがたくさんあり、しかも何度も繰り返し再生しているためにすり切れるほどなのだとか。小沢昭一的こころのあの歌声がよみがえります。男四十代は花盛り......古くなったパンツ履いて今日もゆ~く。電車のベンチで顔を上げると、小沢昭一さんが目の前で笑って立っていたら、いいなあ。

野呂邦暢を取り上げてあったので、最初に目次を見たときにおやっと思いました。そうか、池内紀も野呂邦暢が好きだったのか。盛りで書いていたのは正味、何年もなかったのですね。新聞の小さなコラムが目をひいて、切り抜いたのは1970年代のことでした。亡くなってからも、ときどき古書店で見つけると買ったものでした。野呂邦暢がきっかけとなって、関口良雄の『昔日の客』につながります。昔日の客』は復刻版しか持っていませんが。関口良雄が店主だった山王書房のことを書いていた沢木耕太郎の文章もよかった。

◆  ◆

「西江雅之」が膵臓ガンのことを告げたときのこと。

p77
「なんだ、先にいっちゃうのか」「死んだらゴミだからね」「まあ、そういうこと。でも、さみしくなるなア」そんなやりとりをした。
むろん、そのときはまだ、そのさみしさがどんなに深いものか、まるでわかっていなかった。

本当にそのとき、まるでわかっていなかったのだろうか。なぜなら、著者は次のような死生観の持ち主なのだから。
巻末のエッセイ「死について」にある。著者は幼少期から身内に不幸がついてまわっていた。それだから、足し算はしない、引き算で考えていたのだという。結婚して子どもが生まれても、引き算で考える。うまい言い方だ。

そのこととは、まるで関係のないことで、おやっと思ったところ。

p74
西江雅之との楽しかったやりとりを紹介していて。
「観光立国」と称して、観光庁が外国人観光客誘致戦略を発表したとき、詩人竹中郁の詩「観光日本」をコピーして西江雅之に渡したのだという。

フジヤマ 売ります
ミヤジマ 売ります
ニッコウ 売ります

それらをもじって、笑い合った。

ニッポン どこでも売ります
キョウト ナラ みんな 売ります

わたし 揉み手します/わたし 造り笑い します/お金たくさん たくさん よろし

2019年の今、ますますはしゃいでいる様子を、お二人でマンザイしあっていることでしょう。

◆  ◆

【追記】

引用されている竹中郁の詩「観光日本」の

お金たくさん たくさん よろし

が気になった。末尾の「よろし」のところ。

普通に考えれると、口語自由詩であるから「よろしい」だろうけれど、村野四郎が書いた脚注によれば、

P384

わざと西洋人相手の東洋人の、あの舌足らず口調で語られているのである

から、この「よろし」でも十分ふさわしいと考えられる。

で、2冊ほど調べた。

① 日本の詩歌 25
北川冬彦/安西冬衛/北園克衛/春山行夫/竹中郁
中央公論新社
昭和44年11月15日 初版発行
昭和54年09月20日 新訂版発行
昭和63年08月25日 新訂再版発行

② 竹中郁詩集/現代詩文庫1044
竹中郁
思潮社
1994年11月01日 初版第1刷

結果は、①②ともに「よろしい」。つまり、池内紀が引用する際に間違えたことになる。みすず書房の編集でも校正で見過ごされたのだろうか。

蛇足ながら、①の脚注によれば、「観光日本」の出典は『詩集 そのほか』から。同詩集は昭和43年12月、中外書房刊行。大判で、ほぼ二十年間の作品の中から選抄した詩二十一篇と短編小説一篇を収録という