[NO.1439] 戦前の生活/ちくま文庫

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戦前の生活/ちくま文庫
武田知弘
筑摩書房
2013年03月10日 第1刷発行
216頁

サブタイトル「大日本帝国の"リアルな生活誌"」にあるとおり、日常生活が戦前にどのようなものであったか、細かくテーマを設定してある。いわゆる聞き書きではなく、参考文献が添付されているように、出典による内容になっているのが特徴。

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下記、【目次】の項目に目をとおせば、概略が把握できそうだ。キャッチーなタイトルが多い。

おやっと思ったことが、「あとがき」

p210
また戦前の記憶を持つ人が、ご存命のうちに、戦前の生活の記録を書いておきたいというのも、この本を執筆した動機の一つでもある。なぜなら高齢の方々に、本書をきっかけに、様々な記憶を呼び起こしてもらえる方もいるかもしれないからである。事実と違うことは違うと言ってもらえるだろうし、よりリアルな「戦前の生活誌」が今後、つづられていくかもしれないからだ。

日常生活とは、個人的であればあるほど、それぞれの置かれた環境によって差異が出てくるものだろう。まして、80年近くも昔の記憶を遡れば、記憶違いも予想される。年表に記載されるような史実ではなく、日常の生活レベルの出来事である。記憶を確認しようにも、相手もなかなかいないことでもあろう。

「事実と違うことは違うと言ってもら」うことを想定している、というのがいい。本書を手にする前、思い浮かべたのは『誰か「戦前」を知らないか―夏彦迷惑問答』 (山本夏彦 著、文春新書)だった。こちらは、きわめて個人的な覚え書きのようなもの。聞き手を相手に語っている体裁をとっているものの、終始、夏彦節が続く、独演会のよう。

自分でも、年齢を重ねるにつれ、そんなことは「言わずもがな」だろう、ということが、なかなか、そうでもなさそうである、ということに気づかされることが出てきた。なんだかなあ、だが。

『お言葉ですが』シリーズの著者、高島俊男氏が書いていた。夏目漱石全集の書簡集を見ると、生涯に数千通もの手紙を書いていたことがわかる。さすがに文豪漱石である。そんなにも数多くの手紙を書いていたとは......。さすが、文豪漱石である。これはとんでもない誤解である。現代人は連絡の手段が主に電話なので(現代ならメール、いやラインかな)、手紙を一日に何通も書いていたことなど想像もできないのだろう。漱石が書いたであろう手紙の総数など計り知れないはずだ。たまたま全集編集の段階で、収録されたものだけを数えて、これが一生で書いた手紙の数であり、しかも、その数の多さが素晴らしいなどと誉めていること自体、おかしい。

しばらく前には、小林信彦氏によるエッセイに、わかっていない若者(や、それなりの年齢の編集者など)をぼやく場面があった。現在だと、『本の雑誌』に連載している『坪内祐三の読書日記』で、同様のことを目にする。ツボちゃんの場合だと、新聞記事にまで、そうした内容を指摘する場面があるのだ。

手厳しく指摘している文面を目にして、なんともはや......。そうまで詰め寄らなくともいいだろうに、などと思うこともあったけれど、この頃は少し変化してきた。

いわゆる勘違いなどではなく、本当に間違えている場面に遭遇した場合、しかも、そんなこと、その時代を経験した者にとっては、当たり前の事実だった場合、あれまと思うしかないだろう。それが、度々繰り返されてしまったら。

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些末的なこと。重箱の隅つつくの助_0655

本書で気になった言葉に「なので」がある。順接の接続詞「だから」のたぐいのこと。TVやラジオで、「なので」で、つなぐしゃべり方を聞くようになったのは、いつからだっただろうか。それが書き言葉にまで使われるようになるとは思いもしなかった。ましてSNSなど、ネット上だけでなく、こうした市販されている本の中で見るようになるとは。新しい段落の冒頭だけでなく、改行のない一文の出だしでも使われている。最後のページから遡って数えてみたのが、次のもの。途中で面倒になり、止めてしまった。これだけあると、無意識に使っているのだろう。
P120.L8
P122.L3
P129.L14
P137.L14
P206.L15

あわせて気になった言葉、P178L2「とまれ」。最初、ぴんとこなかった。「ともあれ」のこと。

P217に「本書は、ちくま文庫オリジナルである。」とあった。書き下ろしらしい。ちくま文庫で、これらの表記なんだ......と思った次第。

【目次】
序章 あなたの知らない戦前の世界
超人気アイドルだった阿部定/普通の家庭で「密造酒」を作っていた/国中が踊り狂った「東京音頭」の真実/すでに裁判員制度があった!/戦前にもあった"税金の無駄使い"
第1章 お笑い、アニメ、遊園地、ダンス......けっこう娯楽は充実していた
吉本興業は戦前の方が凄かった?!/戦前にもあった漫才ブーム/子どもたちを夢中にさせた七五万部「少年倶楽部」とは/マンガ時代の幕開け「のらくろ」/変身ヒーローの先駆け「黄金バット」とは/日本のアニメは実は戦前も凄かった!/遊園地、ジェットコースターもあった/"男装の美少女"にハマる女性たち/社交ダンスの大ブーム/ジャズが大流行する/オペラが庶民の最大の楽しみだった
第2章 「封建」と「近代」の混じり合い
戦前は心中事件がやたら多かった/先進国の中で高い乳幼児死亡率/戦前はなぜ子沢山だったのか?/成年男子の一〇〇人に一人が性病にかかっていた/若者がこぞって参加した"青年団"とは?/カレーライス、アイスクリーム、カルピス......急激に豊かになった食卓/「日本文学全集」「風と共に去りぬ」......戦前のベストセラー/日本人はなぜ、"新聞好き"になったか?/年賀状が大流行した理由/「オールバック」「ロイド眼鏡」......けっこうお洒落なモダンボーイだち
第3章 現代よりずっと凶悪だった子供たち
小学生による殺人事件が多発/酒鬼薔薇聖斗事件とそっくりの猟奇事件/学生たちはいつもストライキをしていた/尾崎豊も真っ青! 暴れる高校生たち/超エリートだった旧制高校生/賭け事ばかりしていた戦前の子供たち/駄菓子屋という危険な場所/少女たちの間で刺青が流行
第4章 海外旅行ブームもあった!
海水浴、避暑、湯治......けっこう誰でも旅行をしていた/「周遊列車」「新婚列車」「スキー列車」が登場/はとバスの原型「東京市内遊覧バス」/すでに"海の家"もあった/戦前にも海外旅行ブームがあった/東京からハルビンをつなぐ豪華国際列車とは?/奥様方が潜水艦見学......戦前のカルチャー・ブーム/市電、地下鉄、乗合バス......戦前の市民の足/自動車の普及と交通事故の激増/タクシーが普通に使われていた
第5章 世界有数のスポーツ大国
浅田真央もいた?! 戦前のスポーツヒーロー、ヒロインたち/オリンピック金メダルも! 陸上王国ニッポン/日本テニスの黄金時代......世界ランク三位、五輪銅メダル/戦前はなぜスポーツが盛んだったのか?/すでに国体も開かれていた/徹夜しないと見られないスーパースター双葉山/ラジオ初のスポーツ中継は甲子園大会/プロ野球より人気があった早慶戦
第6章 戦前の地下生活者たち
合法的に売春が行われていた/一〇〇円で売られる娘たち/コスプレ遊女がいた"玉の井遊郭"とは?/キャバ嬢の前身"カフェーの女給"とは?/戦前には"人さらい"が本当にいた/軍都とスラム街/戦前にも"生活保護"があった/意外と少なかった浮浪者/戦前の犯罪は半数以上が「賭博犯」
あとがき
参考文献