[NO.1230] 日本辺境論

nihonhenkyoron.jpg

日本辺境論/新潮新書336
内田樹
新潮社
2009年11月20日 発行

日本人とは辺境人である――「日本人とは何ものか」という大きな問いに、著者は正面から答える。常にどこかに「世界の中心」を必要とする辺境の民、それが日本人なのだ、と。日露戦争から太平洋戦争までは、辺境人が自らの特性を忘れた特異な時期だった。丸山眞男、澤庵、武士道から水戸黄門、養老孟司、マンガまで、多様なテーマを自在に扱いつつ日本を論じる。読み出したら止らない、日本論の金字塔、ここに誕生 出版社サイトの紹介からです。編集者の文章でしょうか、さすがです。リンク、こちら

「はじめに」によれば、これまでにアメリカ論、中国論とやってきて、今回は日本論なのだといいます。こちらは内田氏の本を読み出してからまだ日が浅いので、そのアメリカ論と中国論というのが、いったいどの本を指しているのかすらわかりません。これからじわじわと読み進めていくことにします。現役の書き手なので、読み尽くす心配が不要なことが何よりも嬉しく思えます。まだまだこれからも著書が増えてゆくので、楽しみが尽きません。

※   ※

もともと内田氏は出身が仏文科ながら、武道というアイテムを手にしておられるので、ときどき思いもよらぬ知識が飛び出してきて面食らってしまいます。

p57
「辺境」という概念をここで一度きちんと定義しておくことにします。「辺境」は「中華」の対概念です。「辺境」は華夷(かい)秩序のコスモロジーの中に置いてはじめて意味を持つ概念です。
世界の中心に「中華皇帝」が存在する。そこから「王化」の光があまねく四方に広がる。近いところは王化の恩沢(おんたく)に豊かに浴して「王土」と呼ばれ、遠く離れて王化の光が十分に及ばない辺境には中華皇帝に朝貢(ちょうこう)する蕃国(ばんこく)がある。これが「東夷(とうい)」、「西戎(せいじゅう)」、「南蛮(なんばん)」、「北狄(ほくてき)」と呼ばれます。そのさらに外には、もう王化の光も届かぬ「化外(けがい)」の暗闇が拡がっている。中心から周縁に遠ざかるにつれて、だんだん文明的に「暗く」なり、住民たちも(表記的には)禽獣(きんじゅう)に近づいてゆく。そういう同心円的なコスモロジーで世界が整序されている。
華夷秩序の価値観は国名に現れます。中華王朝は一文字です。秦、漠、隋、唐、宋、明、清、どれも国名は一字。それに対して、四囲の蕃国は二文字で示されます。匈奴(きょうど)、鮮卑'でんび)、東胡(とうこ)、契丹(きったん)、突厥(とっけつ)、吐蕃(とばん)などなど。ご覧のとおり、「奴」、「卑」、「胡」、「蕃」など、いかにも人外魔境的にカラフルな漢字が当てられています。
勃海(ぼっかい)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)、任那(みまな)、日本などはとくに足下的なニュアンスの文字とは思われませんが、「国名が二文字」という点で「夷」にカテゴライズされていることがわかります。この華夷秩序の位階でいうと、日本列島は東夷の最遠地に当たります。

ここからお話はベトナムの呼び名が越南であること、したがって日本は中国の東に位置する国という呼び名であることへと進展していきます。書名にある、日本を「辺境という位置づけ」で説明するのですが、これがまた、なんとも明解。ときどき、平易すぎて心配になってしまうほどです。

それにしても、「東夷」「西戎」「南蛮」「北狄」をはじめ、中華思想をこれだけコンパクトに説明してもらえると、すっきりします。「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」などというフレーズを思い出してしまいました。


 目次
はじめに
I 日本人は辺境人である
「大きな物語」が消えてしまった/日本人はきょろきょろする/オバマ演説を日本人ができない理由/他国との比較でしか自国を語れない/「お前の気持ちがわかる」空気で戦争/ロジックはいつも「被害者意識」/「辺境人」のメンタリティ/明治人にとって「日本は中華」だった/日本人が日本人でなくなるとき/とことん辺境で行こう
II 辺境人の「学び」は効率がいい
「アメリカの司馬遼太郎」/君が代と日の丸の根拠/虎の威を借る狐の意見/起源からの遅れ/『武士道』を読む/無防備に開放する日本人/便所掃除がなぜ修業なのか/学びの極意/『水戸黄門』のドラマツルギー
III 「機」の思想
どこか遠くにあるはずの叡智/極楽でも地獄でもよい/「機」と「辺境人の時間」/武道的な「天下無敵」の意味/敵を作らない「私」とは/肌理細かく身体を使う/「ありもの」の「使い回し」/「学ぶ力」の劣化/わからないけれど、わかる/「世界の中心にいない」という前提
IV 辺境人は日本語と共に
「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか/「もしもし」が伝わること/不自然なほどに態度の大きな人間/日本語の特殊性はどこにあるか/日本語がマンガ脳を育んだ/「真名」と「仮名」の使い分け/日本人の召命
終わりに

(出版社サイトから)