[NO.1139] きまぐれな読書

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きまぐれな読書/現代イギリス文学の魅力
富士川義之
みすず書房
2003年4月11日 印刷
2003年4月23日 発行

英文学という分野は独特の面白さをもっている。さらに著者は祖父が富士川游、父が富士川英郎という名門の出。それだけでも、読む前からわくわくしてしまう。さらに、みすず書房の大人の本棚シリーズからの出版となれば、これはもう、それだけでいうことなし。ぜいたくな読書を満喫できるという約束を得たようなもの。(なんだか、出版社の宣伝みたいになってしまった。)

最初のページから順に読まずとも、不意に開いた途中から読んで十分よろし。漱石のロンドン時代の話、面白し。しかし、どれをとってもいいのだ。

目次
I 本のプロムナード
茶色の古靴とオペラ歌手
地下鉄の詩
地下鉄とモダニズム
ナイチンゲールの歌
イギリス人はなぜ動物が好きか
アジアに魅せられた英国女性
空豆の教訓
自転車に乗る漱石
接吻と裸体画
漱石のロンドン留学日記
野口米次郎と浮世絵
パウンドと日本
ローレンス・ビ二ヨンの評伝
ツーリズムと反ツーリズムの狭間で
旅行家と観光客

Ⅱ イギリスの書評文化と書評家
イギリスの書評文化1――最後の文人批評家プリチェット
イギリスの書評文化2――TLSの九十年
二人の書評家――レイバンとプリチェット
書評家グレアム・グリーン
書評家エドマンド・ウィルソン

Ⅲ 書評=エッセイから
旅行記が変わってきた
放浪者なのか、伝記作者なのか
過去は外国である
イギリス性を発明する
伝記批評の愉しさ
フロベールのおうむ
陰画都市ヴェニス
なぜいつもホークスムアの教会なのか
チャタトンの謎
分身の研究
ファッションが誘惑する
エリオットの手紙
あとがき

p103「パウンドと日本」の中、北園克衛登場。有名な二人の手紙について触れている。おやっと思ったのは、エズラ・パウンドが手紙の中で北園克衛に付けたニックネーム「kit.kat」の読みかた。本書では「キット・キャット」とのこと。しかし、「キット・カット」が定説のはず。

富士川氏の次のような指摘、的を得ている。

北園がもっぱら前衛詩や前衛芸術の話題を取り上げようとしているのに対して、パウンドは異国間の相互理解はたんに芸術レヴェルを通じてのみではなく、政治や経済や社会の仕組みを理解することから始めなければならないと語る。パウンドによれば、近代ヨーロッパとアメリカの政治・経済・社会・文化の基盤を形づくっている、銀行などを中心とする高利貸文明の欺瞞性、非人間性を暴くことこそが、真に前衛的な芸術家に課せられた任務ということになる。

「高利貸文明の欺瞞性」って、すごい。まるでイスラム文明対資本主義文明の構図みたい。

『詩経』の英訳はずっとのち、一九五四年に刊行され、当時「精神異常」の理由でワシントン郊外の聖エリザベス病院に収容されていたパウンドを訪問した中国文学者吉川幸次郎とその英訳について話し合ったりしているが

というのもびっくり。例の収容中に、あの吉川幸次郎が訪問していたとは。こんなところで、思いもよらず吉川氏の名前が出てくるとは。なんともはや。