[NO.1096] 昭和出版残侠伝

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昭和出版残侠伝
嵐山光三郎
筑摩書房
2006年9月5日 第1刷発行

痛快、疾風怒濤の中身にシンクロするかのように、こちらの読み方も一気呵成に読了。椎名誠の『新橋烏森口青春編』や『銀座のカラス』を思い起こさせる筆致、どかどか読み進められた。

筒井ガンコ堂とのやり取り、面白し。ここに集う人々のユーモラスな交友を中心に読ませる内容。

椎名誠の著書との違いは、こちらは一流どころの有名人が親しく登場するところ。なにしろ、それぞれ各人に編集者として担当していたからといって、深沢七郎、池波正太郎、遠藤周作などなど人脈の強さがさりげなく出てくるのだ。

また、糸井重里の八面六臂の活躍。雑誌『ドリブ』を命名したときのエピソード、面白し。なあるほど、とうなずくばかり。

※   ※   ※

おやっと思ったのは、坂崎重盛さんについてのエピソード。あの NO.402『超隠居術』を書いたお方と同じとはとても思えない好漢ぶり。本書では坂崎氏の名前が2個所出てくる。

p61
思いつくまま宣伝文句を並べて東販を出てから、飯田橋の飲み屋に行って、ビールを飲むと、奥になつかしい友人が坐っていた。坂崎垂盛という編集者で、「メンズクラブ」にエッセイを書いていた。坂崎は、サンポウジャーナルの組合委員長で、計画倒産に抗議して、会社内に龍城した男だった。坂崎ひきいる組合員は会社を内側から閉鎖し、坂崎の横で酒を飲んでいる木谷義介は、バットを手にしている侠客編集者だ。出版労連の指揮下に入らずに、独自に行動しているところに気骨があった。
バカボンは坂崎の席に行き、「やあ」と握手をした。「闘争はこちらの全面勝利で終了しましたよ」と、木谷義介がカッカッと笑った。パパボスは、新雑誌説明会の内容に関して文句があるようであったが、バカボンは、「今夜はここまで......はい、さようなら」とパパボスと別れて、坂崎と神田明神下の酒屋へむかった。坂崎と飲む酒は、ジーンと胸にしみた。

p175
バカボンの周辺はにわかに騒然としはじめてきた。ちょうどそんなころ、坂崎重盛が「きみをプロデュースしょう」とワインをぶらさげ青人社へやってきた。
坂崎氏は波乗社という企画編集会社の社長で、バカボンと同じ四十歳だ。計画倒産したサンポウジャーナルの組合委員長をしていたころ、争議中でありながら、飲めや歌えのドンチャン大宴会をして、会社を占拠した極道編集者だ。労連からは「不謹慎である」と厳重注意をうけたものの無視し、バット七本と空気銃三丁を持ちこんで社をロックアウトし、その最中に斎藤茂太箸『長男の本』を刊行して四十五万部のベストセラーとした。
闘争が終結すると、同志八名とともに波乗社をはじめ、この一年間に出版した単行本は七十二冊であった。五日に一冊のハイペースである。赤塚不二夫著『ニャロメのおもしろ数学教室』(パシフィカ刊)が二十五万部売れていた。
坂崎氏は、バカボンに、
「きみを男にする!」
と宣言した。
「ズバリ『男』という本を作ろうではないか。『週刊朝日』に連載中の記事と『本の雑誌』ほかに書いたものをまとめれば、すぐ一冊になる。ツカが三センチくらいになるぶ厚い本にする」
と言いおいて、さっさと帰ってしまった。

ついでに、面白かったので引用。文化放送で高島忠夫さんがパーソナリティーをしている番組にゲスト出演した際の話とのこと。

p169
第1のウソ 「会社に忠誠心を持て」→正しくは「危ない会社とは心中するな」(例・三越を見切ったオンワード樫山)
第2のウソ 「直属の上司をたてろ」→正しくは「三年間我慢して黙々と働き、四年めにはその上の上司と頭越し外交」(例・リコー・K氏の大ばくち)
第3のウソ 「誠心誠意努力せよ」→正しくは「誠心誠意は無能と同じ」(例・阪急の小林一三)
第4のウソ 「つねに真実を語れ」→正しくは「ハッタリ・ホラ・ボケが武器」(例・三菱セメントの大槻文平会長)
生放送であった。このあたりまで話していると、スタジオの外に文化放送の社員が集まってきてワイワイと騒ぎ出した。バカボンは 「よくないのかな」といぶかったが、高島キャスターは、「どんどん言っていい」と水をむけてくれた。
第5のウソ 「独創力をつちかえ」→正しくは「まず人まねより始めろ」(例・ソニーの盛田昭夫)
第6のウソ「カゲロを叩くな」→正しくは「カゲロを言わぬ男は信用できない」(例・シュヴァイツァー)
第7のウソ 「責任転嫁をするな」→正しくは「言い訳の極意を学べ」(例・歴代総理大臣)
第8のウソ 「上司にへつらうな」→正しくは「上司はおだてて使え」(例・朝日麦酒の山本為三郎社長)
第9のウソ 「虎の威を借りるな」→正しくは「虎の威だけが武器」(例・お役所)
第10のウソ「信念を持て」→正しくは「臨機応変でことにあたれ」(例・本田宗一郎)

このところ立て続けに読んでいる自伝めいた本にいえることだが、本書の著者も当時日記をつけていて、それを参考に書いているのではなかろうか。妙に詳細な当時の記述が多い。

さらに本書の特徴としては、そのときどきの世相や社会的な出来事を挿入しているところ。たとえば、そのときに向田邦子氏の乗った飛行機が墜落したとか。