[NO.1067] 蓄音機と西洋館

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蓄音機と西洋館
巌谷大四
博文館新社
1994年3月18日 初版第1刷発行

童話作家巌谷小波の愛の中で育った幼少時代から華やかな作家交遊まで郷愁をもって綴る清雅なエッセー集。「BOOK」データベースより
青春、美味遍歴、文壇交遊...セピア色に包まれた大正・昭和のロマン。童話作家巌谷小波の愛の中で育った幼少時代から、華やかな作家交遊まで、郷愁をもって綴る清雅なエッセー集。「MARC」データベースより

著者、これまでの人生を振り返りつつ、出会ったあれこれを綴ったエッセイ集です。装丁が上品でいい。

おや、っと思ったエピソードが「東方社」で特高にスパイをさせられそうになった話のところです。これって、他でも目にしたことがありました。

p148「私の就職歴」から
間もなく中島健蔵が常務理事をしていた「東方社」というところへ入った。ここは参謀本部直属の、宣伝文などをつくる処であったが、何とも不思議なところであった。
ここへ入ってから或る日、私は道でひょっこり、麹町署の特高刑事に会った。その人は日本文学報国会の会議によく監視に来ていた人だ(その頃集会には必ず特高が来た)。
「今どこにいるのか」と言うから、「東方社にいる」と言うと、顔色を変え、
「君にちょっとたのみがある」
と言って、私を麹町署へ連れて行った。彼はそこで私に酒を呑ませ(こういう場所に酒があった)、
「君、東方社というのはアカの巣でね。捕えたいのが二、三人いるんだが、参謀本部の息がかかっていて、僕らには入りこめないんだ。君、それとなく僕に、奴らの行動を知らせてくれないか」と言うのだ。
これにはこちらが驚いた。参謀本部が「アカの巣」とはどういうことなのか。第一、そんなお役目はごめんだ。うまいことごまかして、帰らせてもらったが、しかし二、三日は、また彼に会いはしないかとひやひやした。
しかしそのうちに空襲がひどくなって、それどころではなくなった。彼にはそれきり会わないですんだ(戦後、私はある印刷会社の守衛をしている彼の姿を見た)。
ここで終戦を迎えた。

最後の、(戦後、私はある印刷会社の守衛をしている彼の姿を見た)というのが目をひきます。