[NO.865] 本の椅子 耽読日記から

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本の椅子 耽読日記から
紀田順一郎
三一書房
1990年7月31日 第1版第1刷発行


 2冊が一つの箱に入って販売された、いうなればボックスセット。

 双方のあとがきによれば、「本の椅子」は私的回想の文章を増やして、ややくだけた内容。対する「耽読日記から」は出版論、書評を多くし、それなりに特色を発揮するよう工夫したつもり だそうです。
 いずれにしても、じっくり読みでのある内容。1ヶ月ちかい日数をかけ、少しずつ楽しんだ末に読了。内容は80年代。
 アラマタ氏の師匠だけあって、ラヴクラフトが大衆化したのは面白くないなどという記述に出会うと嬉しくなってしまいます。短いコラムのような文章がこれでもか、と目白押し。初出が雑誌掲載以外だと月報掲載のものが面白し。どちらかというとアラマタ氏の書く文章よりも学者風。

 初出一覧によれば、当時の雑誌名が懐かし。
ダ・カーポ/有隣/週刊文春/BOX/芸術新潮/読売新聞/朝日新聞/月刊アドバタイジング/IDノート/ちくま/短歌/同朋/三田文学/革新/言語/諸君/日本古書通信/アニマ/ユリイカ/街の記憶/東京人/サントリー/へるめす/NEXT/週刊文春/赤い風船/児童心理/すばる/サンケイ新聞/教育心理/月刊小説/週間小説/週刊読書人/東京新聞/セクラ/文学界/日本語/大白蓮華/図書新聞/塾/波/本の雑誌/毎日婦人 (「本の椅子」から抜粋)


p26
科学朝日編『スキャンダルの科学史』(朝日新聞社)

p64
 このような"大物"はともかく、文学賞とはほとんど無縁のところで、得難い珠玉をのこした作家こそ称揚に価するといえないだろうか。その好例として野溝七生子と椿実を選ぶことに何ぴとも異論は無かろう。鴎外研究家である野溝が大正十三年東洋大学文化学科に在学中に書いた『山梔(くちなし)』や、昭和十五年に刊行した『女獣心理』は妖美の世界を描いて秀逸であるし、三島由紀夫により「天才」と折り紙を付けられた神話研究家、椿実の『人魚紀聞』(二十三年)や『浮遊生物殺人事件』(二十五年)こそ、まぎれもなく超文学賞級の作品として後世にのこるものといえよう。

p190
布装の本が減った
 最近の本はコスト高を反映して、表紙に布地(布クロスという)を使用しているものがグンと少なくなった。なんといっても、布装のほうが風格がある。
 じつはこの布クロスの国産化に成功したのは大正半ばごろからで、ほんの七十年まえのことにすぎない。それまでは全部、イギリスのウインターボトム社から輸入していた。当時欧米の大手クロスメーカーはわずか三社しかなかった。
 ところが輸入のクロスが湿度の高い日本でカビやすいことに加え、大正三年の第一次世界大戦によって布クロスの輸入がストップしてしまったこともあって、 急いで国産品を開発する必要が生じてきた。人絹にデンプン糊をむらなく塗布し、かどの防止に一定量のロウを加える技術が開発された。
 このようにして完成された布クロスは輸入品をしのぐもので、昭和初期にかけての円本(一冊一円の全集本)に使われた。その代表的な改造社版『現代日本文 学全集』のクロスが朱色だったので、製造工場の中が色素で朱に染まってしまったというエピソードもある。全集ブームが一段落すると、今度は国定教科書の背 に用いられることによって、クロス工業はすっかり安定した。
 それはともかく、戦後の繁栄期の今日、かえって本の風格が失せていくようなのは一大事といえないだろうか。

 ちなみに本書は布装丁。