[NO.855] 玩具の記憶

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玩具の記憶
奥野信太郎
論創社
1996年1月15日 初版発行


p62
 朝湯といえば、これは湯屋ではないが、上野の揚出しでは、朝五時ごろから湯がわいていた。
 不忍池の蓮の花見物に、友だちとわざわざ遠くから出かけていって、揚出しでいきなり湯にとびこみ、さっぱりしたところで、湯豆腐で熱燗をやりながら、
「なんだ、蓮の花がひらくときには、ポンと音がするっていうけども、ちっとも音なんかしないじゃないか」
「ばかなことをいうなよ、花が音を出してたまるかい」というような、他愛のないやりとりを交わしたことも、遠い日の回想の一ページに、淡く消えのこっている。
 もう四十年以上も昔の、しずかな東京のくらしのなかのことである。

 ところで、ここでいう「上野の揚出し」とは? 飲食店であっても、風呂に入れる?

 こんなに面白い随筆が、研究室に眠っていたとは。