玩具の記憶 奥野信太郎 論創社 1996年1月15日 初版発行 |
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朝湯といえば、これは湯屋ではないが、上野の揚出しでは、朝五時ごろから湯がわいていた。
不忍池の蓮の花見物に、友だちとわざわざ遠くから出かけていって、揚出しでいきなり湯にとびこみ、さっぱりしたところで、湯豆腐で熱燗をやりながら、
「なんだ、蓮の花がひらくときには、ポンと音がするっていうけども、ちっとも音なんかしないじゃないか」
「ばかなことをいうなよ、花が音を出してたまるかい」というような、他愛のないやりとりを交わしたことも、遠い日の回想の一ページに、淡く消えのこっている。
もう四十年以上も昔の、しずかな東京のくらしのなかのことである。
ところで、ここでいう「上野の揚出し」とは? 飲食店であっても、風呂に入れる?
こんなに面白い随筆が、研究室に眠っていたとは。
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