書物/ワイド版 岩波文庫175 森銑三 柴田宵曲 著 岩波書店 2001年1月16日 第1刷発行 |
ワイド版の文庫、読みやすし。軽く読み飛ばすにはもったいない内容。熟読玩味。こんな本を昭和19年に出したということに驚き。
解説が中村真一郎なので、江戸以前の本のことかと思ったところ、明治以降についても記述多し。児童書にまで触れているのですから。いやはや。
p22
書物は好きか、と問われるなら、言下に「好きだ」と答えよう。それなら書物を多数に蔵しているか、といわれると「いや」と答えなくてはならぬ。天下に誇るに足る書物など、何一つ持っていない。そうした稀覯書(きこうしょ)はさて置いて、仕事に必要な参考書の類すらも揃(そろ)えていない。これまでは図書館や書物のある役所に勤めていて、そこの書物を使って用を足して来た。それでどうしてもなくてはならぬはずの書物すら持っていないのが多いし。だから今でも大抵は図書館へ出かけて行って仕事をする。物を書く人間で、私くらい書物を持っていない者も少いかも知れない。かえって蔵書の乏しいことを誇ってもよいくらいである。
私は一向に書物を買わない。たまたま買えば、あってもなくでもどうでもよいようなものばかり買う。しかし近頃(ちかごろ)はそれも、かようなものを読んでいては時間が潰(つぶ)れる、仕事に差支(さしつか)える、置き場所にも困るなどと思い返して、一方では買ってもいいと思いながらも、買わずにしまう場合が多い。
【追記】2025年5月8日
本書の成立(紆余曲折)について、巻末の中村真一郎「解説」に記載あります。
P.335
解説
中村真一郎
森銑三、柴田宵曲という、近代の代表的な近世史研究家であり、専門の関係書籍をはじめとして、広く近世の木版本を中心に、埋もれていた草稿や写本などを実証的に掘りおこす仕事を続けて来たふたりによって、その半生に接して来た、書物そのものを巡るエッセエ集が、この本である。
この「書物」について書かれた、珍しい書物は、まず昭和十九年(一九四四年)三月に、白揚社から刊行され、昭和二十三年(一九四八年)一月に、同社から補定された新版が刊行された。この改訂版は初版のなかの一篇が削られ、代わりに十六篇が新たに書き加えられた。
それが、後に、森銑三氏の分は、昭和六十三年(一九八八年)に、研文社刊の『書物の周囲』の第一部に収録され、柴田宵曲氏の分は、小澤書店から平成六年(一九九四年)に、『柴田宵曲文集』八巻中に収められた。
それを今回、平成九年(一九九七年)十月に、改めて岩波文庫に、元の形で、それも初版、再版に載せられた全ての文章を復元して、刊行することとなったのは、同じ後輩の一読書家である解説者は、喜びに耐えない。
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