TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩 坂崎重盛 朝日新聞社 2004年10月30日 第1刷発行 |
初出=朝日新聞夕刊マリオン2002年7月3日~2004年9月29日
朝日のサイト内にTokyo 老舗・古町・散歩なるページ有り。ほぼ本書の内容と連動しています。
坂崎氏の意地のようなものだと思いますが、前書きに基本方針が書かれています。要約すると以下のとおり。
「取材」はしない。仕事として歩かない。カメラも持たない。地図もめったに持たない。行き先で身分も明かさない。好きな場所に偏ってしまっていい。そのときの気分で行き先は決める。だから、記事を書いてから確認のために出向くことがほとんどだった。
町歩き、物見遊山をモットーとするだけに気持ちのいい方針。
谷中歩きでは有名なヒマラヤスギとパン屋さんの紹介。
p102
寺の境内からの「隠れ道」
上野桜木の交差点から、言問通りを根津方面へと向かう。
言問通りの左右には古い民家や寺が点在する。古い家の見方のコツは二階から上を見て歩くこと。一階部分は改装したり、シャッターをつけたりで、その家の古さがわかりにくくなっている事が多い。
さて、本光寺の向かい、道の左側に筆の田辺文魁堂がある。この筆屋のウインドーはいつものぞきたくなる。子供の誕生記念のためかその子の髪の毛で作った筆などがあり、筆の呪術性のようなものが伝わってくる。またこの店には、巨匠、ピカソやミロがこの店で買い求めたものと同じ筆が展示されている。
その先には日本画材の得応軒があるが、その向かい妙情寺前には、この坂、善光寺坂の由来の表示板がある。善光寺坂右手は寺が軒を並べるが、下って玉林寺に至る。
この玉林寺からが、この界隈の散歩の目玉コースとなる。他の町から来た人はまず気がつかない「隠れ道」があるのだ。まず玉林寺の門をくぐる。すぐ右手に、ちょっと見過ごしてしまいそうな脇道がある。この道こそが、谷中の最深部に至るコースとなる。
塀と塀にはさまれた道幅、せいぜい二、三メートル。その道の途中には、いまでも生きている井戸ポンプがある。ただし、この井戸、個人の所有なので、散歩者が勝手に使用することなどできない。また、こういう〝奥の細道〟を多人数でワイワイ、ガヤガヤ歩くなど言語道断。「歩かせていただく」くらいの気持ちが必要。
さて、この細道を行くとボンと道路に出る。目の前に、もうまるで舞台で見る仕舞屋(しもたや)そのものの家がある。この家こそ新内の岡本文弥宅。
道を左に行くと大きなヒマラヤ杉が見える。そして昔ながらの風情のパン屋さん。昔の町はずれの風景の突然の出現に、心のバランスが狂う。
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