東海道品川宿/岩本素白随筆集/ウェッジ文庫 岩本素白 来嶋靖生 編 株式会社ウェッジ 2007年12月28日 第1刷発行 2008年2月29日 第2刷発行 |
素白先生のキーワードは「しみじみ」ではないかと考えていたところ、P207「日本文学に於ける漫画の創始」の中、3カ所ほどその語を見つけたので記すことに。
P207
(他所でも出て来た森田恒友(もりたつねとも)氏の「例の絵」の説明の中)田舎の街道ッぷちらしい所に、行商人体の男が大きな荷物を背負ったまま疲れた脚を投げ出して休んでいる。そうしてその傍らに女房らしい女が踞(しゃが)んで、小さい子供に小用(こよう)をさしているところの絵である。ありふれた田舎道の嘱(旧字体)目(しょくもく)をそのまま描いた絵に過ぎないのである。然しこの絵をみていると、人生行旅の侘びしさというようなものを【沁み沁み】と感じると共に、困難な旅の中にも、親子三人の者がはるばる遠い路を歩いて行く姿を想像して、淋しいながら微笑を禁(とど)めえなかったのである。
P209
私共は幼い時から鳥羽(とば)絵、ポンチ絵、戯画、漫画、草画などという言葉を聞いて来た。目口だけを描いて鼻を略した顔を持つ一と筆掃きの人物、、人間に化けた獺(かわうそ)が日食でも拝んでいるかのような妙な恰好をして、変な手附きを眼の上に加えている人間、そういう挿絵を持った昔の滑稽本や川柳狂歌の類い、また明治になって所謂ポンチ絵と称された鄙俗(ひぞく)な味をもった戯画、また近頃になって新聞や雑誌に載せられて漫画と称されている、社会百般の事象の或る一面を描いた、諷刺的なまたは単なる可笑しみを持った、謂わば哄笑なり微笑なり苦笑なりを誘う一種の絵画、これらはみな軽い物として扱われている。然しその中には、稀に単なる可笑しみを味わせるだけでなく、観る者をしてその頬に微笑を漂わさせながら、しかも心の奥に世の中なり人生なりを【沁み沁み】と思わせ、嘆かせもし悲しませもすると同時にまた、観る人の心にほのかな暖かみを与える作品もある。
P218
清少納言は、世の中というものは【沁み沁み】腹立たしく厭(いと)わしく、いやなものだと云っている。然し美しい紙や筆や畳を見ると、世の中は捨てられないとさえ云っている。こういう筆者であるからこそ、普通人の見過ごしてしまうところのこんな詰まらぬ出来事を、興深くも思い、感動もして描いているのである。絵の方にもやはり同じ事がいわれるであろう。
P233 解説から引用
(付記)
素白の文章について記した文献は少なくない。主なものを掲げておく。
・森 銑三「岩本索白氏の随筆」(一)(二)(『古い雑誌から』文事春秋新社、昭和31・6)
・広津和郎「秋の晴れた日に」(「小説新潮」 昭和36・8)
・同 「『素自随筆」に思う」(「朝日新聞」昭和39・1・12)
・「槻の木」岩本素白追悼号(昭和36・12)
岩本朝彦、岩津資雄、村崎凡人、植田重雄、水野美知、森伊左夫、鈴木金太郎
・窪田空穂「素白岩本堅一君の事」(『素白随筆』昭和38・12)
・『岩本素白全集』月報(春秋社、昭和49・11~50・11)
伊藤正雄、浪本澤一、都筑省吾、山路平四郎、野尻抱影ほか
・保昌正夫「岩本素白」 「岩本素白文献抄」(『七十まで』朝日書林、平成7・2)
・池内 紀「『素白先生の散歩』解説」(みすず書房、平成13・12)
・鶴ケ谷真一「本は心に種をまく」(「本のとびら」平成19・8)
目次
序の章
ゆく雲
Ⅰの章
東海道品川宿(一~十三)
素湯のような話/南駅余情序章
晩春夜話/南駅余情一
こがらし/南駅余情二
板橋夜話一/南駅余情三
板橋夜話二/南駅余情四
怡々草堂夜話/唐桟
神府開帳
女首蛇身像/神府開帳二
Ⅱの章
素白夜話/逸題
壺
こわれ物
母校
鳥居坂時代
Ⅲの章
歌人長嘯子
日本文学に於ける漫画の創始
岩本素白略年譜
解説 来嶋靖生
岩本素白「東海道品川宿」第一回原稿
「槻の木」昭和三十三年七月号(通巻三百十三号)掲載
【追記】
この原稿用紙、東京神楽坂に今もある文具店「相馬屋」製なのですね。相馬屋さんのサイトには、いろいろ説明がありました。リンク、こちら
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