[NO.696] ロマンス

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ロマンス
井上ひさし
集英社
2008年4月10日 第1刷発行

 毎度のことながら、ちっとも知りませんでした。昨年の夏に上演されていたのですね。しかも、今年の2月22日にはWOWOWでも放映していたなんて。
 まだ一度もこまつ座の劇を見たことがなく、そのうちに見たいものだと思っていたところ、井上ひさし氏も御年73歳。文壇では、まだまだ若手だった印象ばかり。いつのまにやら、こんなお歳とは。困ったものです。早くせねば。

 本書は昨夏に上演された舞台写真をたくさん挟みながらの戯曲なので、まるでそれらの写真が挿絵のように読むことができました。6人の役者さんが入れ替わり立ち替わりで役を代わるので、それを楽しみながらの読書となります。面白い。
 なにしろ、6人がそれぞれ個性的な方ばかり。ネット上でも、いろいろ紹介されているので、見て回るだけでも楽しめました。もちろん、本書を読むに当たって、イメージがふくらみます。

 この戯曲を書くに当たって作成されたという、井上ひさし氏お得意の自筆年譜が扉の内側に掲載され、付録には詳細な資料も。きっと、当時の状況を把握するため、とんでもないほどの膨大な資料に当たられたことでしょう。
 チェーホフの戯曲は短いものが多く、それなりに目をとおしてはいたものの、社会背景などには知らないことが多かったことを教えられました。20世紀初頭まで活躍していたのに、19世紀末のことだとばかり思っていました。

 チェーホフの書くものが次第に「ブンガクブンガクした小説」になり、行き詰まってしまったのを打破するため、井上ひさし氏の大好きなボードビルに回帰す る(チェーホフが少年時代に好きだった)という設定を持ち込んだところが、この劇のポイントでしょう。これに対する意見があれこれありそうですが、ともあ れ、井上ひさし氏初の海外に題材をとった戯曲です。今後、海外シリーズで続けるという話ですから、楽しみ。いつかは見に行きたいものです。

 こうした自伝的な作品において、得てして少年時代の出来事が多いような気がしたのは、そうした類が子ども向けのものだったからなのでしょう。ビルドゥングスロマン(教養小説)というジャンルがあります。
 そんなことを考えたのは、この戯曲がどちらかというと晩年に比重をおいているから。もっとも、若くして亡くなっているので、晩年と呼ぶには早すぎますが。
 それにしても、20年間も胸を患い、そのあげくに腸にまで結核菌が広がり、お腹が悪くなってしまったという話には、あまりにもむごい気がします。正岡子規の脊椎カリエスから寝たきりというのもたまりませんが、それに匹敵。どうも、この手の話に弱いもので。

 終わりに登場する、凡庸なトルストイというのもなんだかなあ