[NO.665] さよならソクラテス

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さよならソクラテス
池田晶子
新潮社
平成9年12月10日 発行

 池田氏の文章というのは同じ内容の繰り返し。そのバリエーションがどう変化するかが楽しみでもあります。その意味では山本夏彦氏、高島俊男氏と似ています。

 『帰ってきたソクラテス』『悪妻に訊け』に続く「ソクラテスシリーズ」三部作の完結編。「新潮45」(96年4月号~97年4月号)に「どっこい哲学は 金になる」というタイトルで連載。あとがきによれば、企画したのは前編集長の亀井龍夫氏。そこを踏まえて書きを読むと、可笑しさも倍増。

p218
池田某 アカデミズムの大御所がさ、「どっこい哲学は金になる」なんてタイトルはとんでもないって。プラトン全集かなんか存じませんけど、御本人、そう思われます?
ソクラテス いや、ちっとも思わない。
池田某 度し難いわからんちん。
ソクラテス わからなくなったんだな。
池田某 絶交しちゃいましたよ。
ソクラテス やむをえないな。
池田某 あんまり悔やしいから、「新潮45の拗ね者編集長に言ってやったんですよ、「おかげさまで」って。そしたら、何て言ったと思います?
ソクラテス ほお?
池田某 「それで、よろしいのです」
ソクラテス わっはっはっ。
池田某 よく考えると、あの人、岩波知識人憎しで汚濁のジャーナリズム渡ってきたみたいなとこあるから、もう最高のツポだったのよね。感涙にむせんでたわ。
ソクラテス しかし、先生の方は、哲学の名で、いったい何を守ろうとしているのかな。
池田某 純粋であるということと、狭量であるということとは違うことです。哲学の名が、真実を知ることへの愛なら、師は弟子に何を望みますか。真実を知る ことにおいて自分を越えろであって、自分を越えることは許さんのはずがない。要するに、彼が守りたいのは哲学ではなくて、自分だったということです。
ソクラテス 学究の道における師弟の愛憎というのは、最も試されるところだろうね。
池田某 私はもの書きですから、学者じゃありませんから、お師匠さんなんか要りません。むろん、お弟子も要りません。人が自分の頭で考えるのに、なんでそんなものが必要なんですか。
ソクラテス その通りなんだがね、しかし君、優秀な弟子というのは、やはりいいものだよ。
池田某 プラトンがいて、よかったですね。


 原稿が書かれた当時に流行った『脳内革命』なんぞ、一刀両断。