[NO.573] 文芸/特集 恩田陸/2007 春/第46巻第1号

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文芸/特集 恩田陸/2007 春/第46巻第1号
河出書房新社
2007年2月1日

 ロングインタビュー対談(鼎談)Q&A寄せられたエッセイ等々ファンにとっては充実した内容。「恩田陸全作品解題」という記事までありました。

 大森望氏によるエッセイが、いい出だしで 書かれています。敢えて自分をP・K・ディックになぞらえているところが可笑しいのですが、リンダ・ロンシュタットと恩田陸というのはなんともはや。この 件に関し、恩田陸ご本人はどう思ったのか知りたいところです。おお、肝心の疑問点を忘れるところでした。リンダ・ロンシュタットのバックバンドだったイー グルスと対応するのは?

p86
エッセイ「恩田陸 First seven years」大森望
 六〇年代末、レコード屋に勤めていたP・K・ディックは、ある無名の女性シンガーに惚れ込み、絶対スターになると言い続けた。その予言が的中した後年に なって、ディックはこう語っている。いわく、自分の墓碑には「リンダ・ロンシュタットを見出した男、ここに眠る」と刻んでほしい......。
 それにならって言えば、私の墓には「恩田陸を見出した男、ここに眠る」と刻んでほしい!といっても私が発掘したわけじゃありませんが、八年余の編集者生 活の最後に新人・恩田陸と遭遇し、新潮文庫版『六番目の小夜子』刊行の糸口をつくったのは事実。おかげで、在職中は不良社員だったにもかかわらず、元勤務 先の後輩たちに、「オレがいなかったら『夜ピク』は新潮社から出てなかったかもね」などとえらそうに先輩風を吹かせられるのだから、恩田さんに足を向けて は寝られません。
 その記念すべきデビュー作『六番目の小夜子』は、第三回日本ファンタジーノベル大賞応募作。時は一九九一年の初夏。当時の私は新潮社の社員編集者で、同 賞の事務を担当していた。家に持ち帰って読む原稿を選ぼうと一次通過作を物色しているとき、たまたまそれが目に止まった。当時すでに珍しかったB4判原稿 用紙の手書き生原稿。一行目から話に引き込まれ、気がつくと一時間が経過していた。学園祭シーンの衝撃はいまも鮮明に覚えている。読了後は興奮のあまり、 深夜の編集部を意味もなくうろうろ歩き回ったほど。山岸涼子『メタモルフォシス伝』、吉田秋生 『吉祥天女』 の流れを汲む学園小説の傑作だった。
 しかし、この回の同賞大賞は、佐藤亜紀『バル夕ザールの遍歴』が受賞(優秀賞は原岳人『なんか島開拓誌』)。『小夜子』は、一年後の九二年七月、新潮文 庫ファン夕ジーノベル・シリーズの一冊として出版されることになる(私は九一年六月に新潮社を退社しフリーになったため、恩田陸の最初の担当編集者という 照合は手に入れ損ねました)。
以下略