三文役者の死/正伝 殿山泰司/岩波現代文庫 文芸17 新藤兼人 岩波書店 2000年8月17日 第1刷発行 |
新藤兼人監督と殿山タイちゃんの間柄は、余人になどうかがいしれないのです。名作『裸の島』撮影時のエピソードと、この映画の授賞式に招待されたときのエピソードが忘れられません。受賞時に配られるためのリーフレットに寄稿した文章が、タイちゃんのものだけ、突出していたのだそうです。たしか、ヨーロッパの賞でのことだったとか。ちっともかっこつけない、逆にいきがってしまうタイちゃん。
新藤兼人氏という、タイちゃんにとって然るべき著者による伝。はっきりしないタイちゃん、どうもどうものタイちゃん。そんなこと、業界人じゃない身にはわかりません。
殿山タイちゃんの書くエッセイが売れたのは、1980年代から90年代だったでしょうか。文庫で何冊か買いました。植草JJ甚一おじさんと違って、「クイクイ」(たしか、そんな書き方をしていたような)読めてしまったのが、タイちゃんのエッセイでした。
発表された媒体(雑誌)の性格が違いましたしね。植草甚一さんは音楽や映画の専門家という肩書があったのに対して、殿山泰司さんは役者です。もっとも、年配のぶっとんだおじさんという立場は共通です。
エッセイが書かれた年代も微妙に違っています。殿山泰司さんのほうが後です。この違いは、リアルタイムでわかる気がします。町中からヒッピーくずれ風のかたたちを見かけなくなってから、というところでしょうか。
目次
1 三文役者の死
2 三文役者お別れの会
3 三文役者を偲ぶ会
4 お多幸のタイちゃん
5 タイちゃんの中学行状記
6 役者になりたいタイちゃん
7 タイちゃん帝国軍人となる
8 かつぎ屋のタイちゃん
9 独立プロとレッドパージ
10 タイちゃん恋をする
11 ぺエペエ役者は忙しい
12 タイちゃん生きかえる
13 裸の島のタイちゃん
14 亀五郎のタイちゃん
15 よだれをたらしたタイちゃん
16 鬼婆のタイちゃん
17 タイちゃん忠太郎となる
18 バイプレーヤーとは何者ぞ
19 タイちゃんのミステリ日記
20 タイちゃんベトナムへ行く
21 タイちゃんアメリカへ行く
22 タイちゃんの、ジャズ日記
23 アチラ立てればコチラ立たず
24 浅草へ行くタイちゃん
25 銀座へ行くタイちゃん
26 新宿ゴールデン街のタイちゃん
27 タイちゃん骨と皮になる
28 だから役者はやめられない
29 二つの墓
あとがき
解説 カントクとタイちゃん(林 光)アーカイブス1へ
p222 タイちゃんの駄文(自分でそういっている)は売れてきた。 役者は売れる役者でなくてはならない。人の前で演じてみせるということが、骨のずいまでしみこんでいるタイちゃんは、文を書いても習性どおり、売らんかな、である。 『日本女地図』(一九六九年、光文社)は、日本中の女のことを婦人科医気どりで書いたのだが、ほとんどウソ八百である。タイちゃんは世の一般男性のごとく一応好色家ではあるが、日本中の女を探訪するほどの助ベエではない。 『三文役者あなあきい伝』は、幼年期、役者への道、青春時代、出征、弱兵戦記、捕虜記、と自伝風にまとめてあるが、ウソとホンマが半々の好読物。 『にっぽんあなあきい伝』は、復員後から役著へ復帰、近代映画協会同人、裸の島、人間、と戦後の活躍、鎌倉の人と赤坂の人との関り。駄じゃれをとばしているが真面目に書いている。 『JAMJAM日記』、『ミステリ&ジャズ日記』、『三文役者の無責任放言録』、『殿山泰司のしゃべくり150日』(一九八四、講談社)は、映画『人間』以後、死ぬまでのことを、仕事、女、交友、についてタイトルどおり放言している。 その文はユニークで、妻はババア、愛人は側近、彼が日常語としている会話どおりに書かれている。早口に、ぽんぽんとび出す彼の しりきれとんぼの話術は、そのまま写しさえすれば独得の文体となるのだ。 文を書いているところは、赤坂の一ツ木通りから小路へはいったところのアパート。その六畳の間である。ここがタイちゃんの城。がらくたが部屋いっぱいに積みあげられていて、あとは布団を敷くスペースが残っているだけ。隅に子供用の勉強机があって、それに向かってエンピツで書く。ある時は万年床の中で腹ばって書く。または近くのTBS前の喫茶店へ行って書く。側近に聞くと苦心サンタンして書くらしい。三文役者であろうと出演がきまれば、セリフがない役でも何十万とギャラがはいる。しかし原稿用紙に字を書いて出演ギャラほどのカネを稼ぐのは容易ではない。 タイちゃんは、よくわたしにいったものだ。字を書いてゼニをもらうのは、シンドイですなあ。 |
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【追記】
上記に出てくるアパートについて。その後、気になって仕方がありませんでした。挙句にネット地図で検索までしたこともあります。リンク、こちら
その後、たびたび追いかけてしまいました。ちなみに、実際、この路地に足を運んだことはありません。
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