渡辺一夫 敗戦日記 編者 串田孫一・二宮敬 有限会社博文館新社 1995年11月12日 初版第1刷発行 1996年2月6日 第2刷発行 1996年3月18日 第3刷発行 |
朝日新聞朝刊、今月の『夕陽妄語』(8月25日朝刊P29)に加藤周一氏が書いていました。リンク、こちら
四五年の日記をフランス語で書いていた渡辺一夫は、あなうれし、日記を自国語で書ける時が来たという意味の言葉を書きつけた。
そこで読んでみた次第。ちょっと違っていますが、意味は同様でした。
母国語で、思ったことを何か書く歓び。始めよう。
8月15・16・17日には記述がありません。上記の文は18日に記されています。ちなみに仏語。
8月15日までの記述も含めて、中身は、かなり率直な内容でした。現代から見ると客観的。官憲の目に触れないと見込んでいたのでしょうか。
p83
9月7日(金)
この次の戦争(ソ対米)のことを夢想し慄然とする。
すごい先見でした。東西冷戦のことです。これが書かれたのは、8月15日から何日も経っていません。
p209「二十年後のめぐり会い」という題の一文が面白く読めました。長野県に疎開させた蔵書類の内、戦後に戻ってこなかった分があり、心残りだったそうです。ところが、戦後も20年経ってから、ひょっこり見つかったのだとか。その経緯も偶然のめぐり合わせ。
装丁は串田孫一氏。
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