『坊ちゃん』の時代/凛冽たり近代なお生彩あり明治人/アクションコミックス 著者 関川夏央・谷口ジロー 双葉社 1987年7月9日 第1刷発行 1997年12月6日 第16刷発行 |
ついに、ここへたどり着いてしまいました。このところ明治時代に浸っていたので、この作品に行き着くのは時間の問題だった気もします。有名なシリーズだったので以前から気になっていたけれど、あえて避けていたのですが。
まず、シリーズの1巻目。どなたかが書評に書いていたとおりです。最後のページを開いたときに、胸にこみ上げてくるものがありました。桜の花びらが散る 中、着物のふところに例の猫を抱いて歩く漱石の姿。ちょうど『坊ちゃん』を書き上げた直後という設定です。いいですねえ。
終わりのそのページから数枚手前にあった、集合写真(劇画なのでもちろんペン書きですが)が圧巻。戦前にはこうした文士等の集合写真がよくありました。 月報なんぞによく載っているやつです。宴会のときなどの。顔ぶれを転記しますと、荒畑寒村、樋口一葉、太田仲三郎、堀紫郎、柳田国男、森鴎外、夏目鏡子、 石川節子、森田草平、小泉八雲(ラヒカディオ・ハーン)、島崎藤村、田山花袋、伊藤左千夫、金田一京助、白瀬矗、安重根、大塚楠緒子、大杉栄、田村俊子、 東条英機、徳富蘆花、石川啄木、国木田独歩、西郷四郎。壮観です。この作品中には直接出でこない人物もいます。
この作品のポイントは、冒頭、ビールを飲んで酩酊した漱石が翌朝まで築地警察留置場に入れられたというエピソードを置いたところでしょう。このとき偶 然、店で隣り合わせのテーブルに居合わせたことから一緒に留置場へ入れられたという4人を狂言回しのように登場させて物語は進みます。映画の脚本のようで す。
その4人を記すと、堀紫郎【侠客、30歳】、荒畑勝三(寒村)【元横須賀官軍工廠職工、19歳】、森田米松(草平)【第一高等学校生徒、21歳】、太田仲三郎【俥夫兼明治大学校生徒、18歳】。
作品の出だしは明治38年。日露戦争が終わったところ。この年については、多くの書き手が注目している年ですね。『坊っちゃん』を構想する漱石の姿が中 心。登場人物のモデルが挙げられているのが面白いところ。漱石がストーリーを練る中で、野だいこの役割をお雇い外国人教師から日本人へ変更しているところ など、目を引きました。
p231から描かれる、モデルともなった太田仲三郎や堀紫郎のその後もいいですね。昨年発表された『うらなり』(小林信彦氏)を連想させられます。
不思議に思ったのは、樋口一葉の旧居前(このときには森田草平が居住中)で、鴎外と漱石が出会い、並んで歩きながら会話を交わす場面。事実としてあったのでしょうか。
数多くのエピソードの積み重ねからなる作品。作風と内容はまるで違いますが、山田風太郎の「明治もの」を想起させられました。いかにも、当時の東京の街 角でこんなすれ違いもあっただろうというエピソード。『漱石研究年表』(荒正人著、集英社)という本もありました。なぜか、巻末の参考文献一覧には挙げら れていませんが。
巻末に参考文献一覧。あとがきによれば、当時の漫画アクション編集者であった鈴木明夫氏により、特大の紙袋二つに入れられて届けられたのだといいます。 現在であれば、もっと違った資料が増えただろうと思われます。『凧の時』大江志乃夫、筑摩書房、一九八五年、読みました。とっくの昔に、どこかに紛れてし まいました。。
p231『坊っちゃん』のモデルとされたという太田仲三郎が、自分こそ坊っちゃんのモデルであると主張し出版したという本に、この作品は基づいているのだとあります。西涯と号して昭和6年に東亜同文書院出版部から出した『明治蹇蹇秘窮録』。
参考文献一覧
『坊っちゃん』夏日漱石、新潮文庫、昭和五五年
『値段の風俗史』正・続・続々・完結、週刊朝日編、朝日新聞社、昭和五六年
『夏日漱石必携』Ⅱ、別冊国文学No14、竹盛天雄編、学燈社、一九八二年
『近代作家年譜集成』国文学、臨時増刊、昭和五八年
『日本の歴史/日清・日露』宇野俊一、小学館、一九七六年
『日本の歴史/大日本帝国の試煉』隅谷三幸男、中公文庫、昭和五六年
『漱石とその時代』第一部・第二部、江藤淳、新潮選書、昭和四五年
『夏日漱石こころの内と外』藤島宇内編、大和出版、一九六九年
『日本文壇史』第七~十八巻、伊藤整、講談社、昭和三九年
『近代日本人の発想の諸形式』伊藤整、岩波文庫、一九八一年
『漱石全集』第十三~十五巻、岩波書店、昭和四十一年
『夏日漱石博物館』石崎等・中山繁信、彰国社、昭和六〇年
『人間臨終図巻』上巻、山田風太郎、徳間書店、一九八六年
『夏日漱石』(中)小宮豊隆、岩波文庫、一九八七年
『新潮日本文学アルバム』森鴎外・樋口一葉・夏日漱石・正岡子規、新潮社、一九八五年
『日本の歴史・図録維新から現代』小西四郎・林茂編、中央公論社、昭和五九年
『演歌の明治大正史』添田知道、刀水書房、昭和五九年
『江戸の坂東京の坂』正・続、横関英一、中公文庫、昭和五六年
『世界の歴史・帝国主義の時代』中山浩一、中公文庫、昭和五〇年
『柔侠伝』第一巻、バロン吉元、双葉社、昭和五八年
『安重根』中野泰雄、亜紀書房、一九八四年
『ある明治人の生活史』小木新造、中公新書、昭和五八年
『山県有朋』御手洗辰、雄時事通信社、昭和六〇年
『明治の群像9・明治のおんな』紀田順一郎編、三一書房、一九六九年
『漱石的主題』吉本隆明・佐藤泰正、春秋社、一九八六年
『近代日本史の基礎知識』藤原彰・今井清二・大江志乃夫編、有斐閣ブックス、昭和五四年
『吾輩は猫である』夏目漱石、新潮文庫、昭和五五年
『凧の時』大江志乃夫、筑摩書房、一九八五年
『夏目漱石博物館』石崎等・中山繁信、彰国社、一九八五年
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