本よみの虫干し/日本の近代文学再読/岩波新書(新赤版)753 関川夏央 岩波書店 2001年10月19日 第1刷発行 |
まえがきから
文学は「鑑賞」するものではない。/文学は歴史である。
途中略
七 〇年代に山田風太郎作品に出会い、八〇年代に司馬遼太郎、藤沢周平などを読んで考えを改めた。文学は「私」なしでも成立するのである。物語もまた文学なの である。そうして、文学を「鑑賞」しなくてもいいという発見は新鮮であった。まさに救いであった。そんな視線で読み直すと、うっとうしいと思われた文学も 意外におもしろいのである。
文学には日本近現代史そのときどきの最先端が表現されている。文学は個人的表現である。と同時に、時代精神の誠実な証言であり必死の記録である。つまり史料である。そう考えたとき、作家たちは私の目にはじめて先達と映じた。
先に「読み直す」と書いたが、それは言葉のあやである。根が文学嫌いであったものだから、本書中にとりあげた作品の大部分ははじめて読んだのである。こ の本『本よみの虫干し』は、おそまきながら「文学鑑賞」の呪縛を脱し得た目で眺めた日本近代文学による日本近代像、その中間報告である。
あとがきにかえてから
この本は、朝日新聞に週一度掲載されたコラム(1998年9月6日~1999年8月29日)と「図書」(岩波書店)に連載されたコラム(2000年7月~2001年6月)に加筆訂正したものからなっている。
目次
まえがき
一 「やさしさ」と「懐旧」の発見
むくわれない「純愛 ■『伊豆の踊子』川端康成
生活感なき新生活への幻想 ■『友情』武者小路実篤
大正バブルと社会の「改造」 ■『小僧の神様』志賀直哉
美しいアナーキズムへの恋着 ■『美しき町』佐藤春夫
奇妙なまでに懐古的な空気 ■『舞踏会』芥川龍之介
愛の手で浄化される盗み ■『一房の葡萄』有島武郎
清純な童心の価値の「発見 ■『からたちの花』北原白秋
二 「愛」というイデオロギー
詩人は「をみなご」にいかに殉じたか ■『測量船』三好達治
早熟とは不運にほかならない ■『肉体の悪魔』ラディゲ
一九五八年の「旅情」と「社会派」 ■『点と線』松本清張
三 「病気」「貧乏」および「正直」ということ
貧乏と栄養失調には勝てず ■『にごりえ』樋口一葉
結核は美女のみの特権的不運か ■『不如帰』徳富蘆花
必然の暴食、決死の美食 ■『仰臥漫録』正岡子規
日記の小説化――「正直」な告白 ■『蒲団』田山花袋
病気願望の多重債務者 ■『啄木 ローマ字日記』石川啄木
自我解放の欲望と愛への執着 ■『智恵子抄』高村光太郎
似たもの同士は愛し合えない ■『にんじん』ルナール
美しいままで死にたい ■『風立ちぬ』堀辰雄
「高原という植民都市」のお話 ■『立原道造詩集』立原道道
頼れるものは自分の感覚のみ ■『抹香町』川崎長太郎
四 「人生」という課題
大正教養主義の嫡子であった剣豪 ■『官本武蔵』吉川英治
戦前の山の手のコドモたち ■『君たちはどう生きるか』吉野源三郎
作品だけは「曲軒(へそまがり)」でなかった小説家 ■『柳橋物語』山本周五郎
五 「家族」と「家族に似たもの」をめぐる物語
名聞を命より重んずる気風 ■『阿部一族』森鴎外
「義理」にささえられた「人情」 ■『一本刀土俵入』長谷川伸
生まれながらの「庶民」の物語 ■『放浪記』林芙美子
ベンチャービジネス集団のおもしろさ ■『次郎長三国志』村上元三
技芸を頼んで生きるシングルたち ■『流れる』幸田文
戦前日本の家庭とその教養 ■『父の詫び状』向田邦子
才能とは病気と紙一重の衝動 ■『八犬伝』山田風太郎
屋根一枚めくればどの家も問題だらけ ■『岸辺のアルバム』山田太一
六 「個人」であることの不安
群衆の中に描いた作者自身の顔 ■『異邦人』カミュ
青春も人生も徒労である ■『麻雀放浪記』阿佐田哲也
「内面」というものはない ■『給料日』片岡義男
七 激烈な異文化接触
地球を駆ける者たち ■『日本奥地紀行』イザベラ・バード
中国は鉄砲だけで片づく国ではない ■『ある明治人の記録』石光真人(編著)
戦争の苛酷さと悲しみ ■『四日間』ガルシン
忘れてはならない忘れられた人々 ■『城下の人』石光真清
「やむにやまれぬ」知識欲 ■『冬の贋』吉村昭
重苦しい作品の背後に脈打つユーモア・『藤野先生』魯迅
童話の姿をとった「思想小説」 ■『ビルマの竪琴』竹山道雄
手ひどく裏切られた英国像 ■『アーロン収容所』会田雄次
人間はどこまで堕落できるか ■『俘虜記』大岡昇平
抑留体験という文化衝突 ■『極光のかげに』高杉一郎
遠くへだてられた死者と生者 ■『戦艦大和ノ最期』吉田満
八 自分の戦争、他人の戦争
忘れようとされた記録文学 ■『麦と兵隊』火野葦平
ただ家にいたくなかった作家 ■『輝ける闇』開高健
忘却こそ敗戦国民の賢明な生き方 ■『てんやわんや』獅子文六
九 「青年」というステイタス
お金を軸に展開する心理と人間関係 ■『三四郎』夏目漱石
単純の美への憧れと明度高いユーモア ■『走れメロス』太宰治
異邦人のいたたまれない気分 ■『白象に似た山々』 ヘミングウェイ
美しい心は美しい体がもたらす ■『潮騒』三島由紀夫
アンニュイ、バカンス、小悪魔 ■『悲しみよ こんにちは』サガン
乱暴な筆致で書かれた純愛小説 ■『太陽の季節』石原慎太郎
「プロレタリアでも行ける」アメリカ ■『太平洋ひとりぼっち』堀江謙一
「幼児化」と「成熟への拒絶」 ■『愛と死をみつめて』大島みち子・河野実
最後の三日間 ■『二十歳の原点』高野悦子
恐るべき子供たち ■『リバーズ・エッジ』岡崎京子
スパゲッティの正しい巻きとりかた ■『ヨーロッパ退屈日記』伊丹十三
あとがきにかえて
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