作家の本音を読む/名作はことばのパズル/大人の本棚 坂本公延 みすず書房 2007年2月28日 印刷 2007年3月9日 発行 |
p228
あとがき
パズルには、クロスワード・パズルをはじめ、絵解きあり、ジグソー・パズル、数のパズルなど多様だか、詩や小説を読んでいても、おやっ、と合点がゆかな いときがある。作者の側で、あからさまに書きたくはないが、それでも伝えたい本音があると、それが意識的に或いは無意識に韓晦されるから、読者が是非とも 解きたい、ことばのパズルとなる。
したがって、読者がこのパズルを素通りせず、立ち止まって、解きにかかると、作者の本音に迫れるだろう。たとえば、三好達治の詩「郷愁」で、そのパズル を解く鍵として、フランス語の駄酒落を手に入れ、追求していくと、彼の郷愁の根源にたどり着いた。それは、「太郎を眠らせ」で始まる有名な詩「雪」にも通 底する母への思いだった。
途中略
小 説の場合も、例えば、『蝿の王』、『波』、「コロヌスからの道」或いは、『心』(こゝろ)のタイトル、「フォーサイト老人の小春日和」、『可視の闇』のエ ピグラフ(献辞)や『白鯨』の文献抄、『尖塔』、『変身』の最終場面など、これらを仕組まれたパズルとして解くことで、作家たちの本音や小説自体の仕組み や本質にも迫ることが出来そうだ。但し、推理小説は考察の対象から外した。パズルを解くのは読者ではなくて、作者の分身である探偵たちだからである。
こうして、日本の詩や西洋の詩、小説などに仕掛けられたパズルを解きながら、作者の本音を読む楽しみを本書の読者と共有したい。以下略
不思議な本でした。いわゆる文芸批評の分野とは違います。ましてや、学術論文とも。パズルなんだそうで、「詩や小説を読んでいても、おやっ、と合点がゆかないときがあ」ったら、そこで「立ち止まって、解きにかかると、作者の本音に迫れるだろう」ということでした。
読み進むにつれて、日本の近代文学作品からご専門の英文学へと対象作品が推移していきます。冒頭(p8)、大学生時代にテニスコートが見下ろせる坂の上 で四ツ葉のクローバーをもらったという著者自身のエピソードなど、まるで講義を聴いているようです。「リンゴの歌」では、サトウハチローのリンゴの唄から 島崎藤村の初恋へ。さらに英国の女流詩人から旧約聖書やシェイクスピア、ミルトンへと移っていきます。「蠅の王」作者ウィリアム・ゴールディングへインタ ビューのために訪ねていったこともあるのですね。
些末的なことですが、この「おやっ、と合点がゆかないとき」のことを著者は「つまづく」と表現していらっしゃいます。本書のいたるところに頻出。おもしろい使い方に「つまづき」ました。
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