エディターシップ 外山滋比古 みすず書房 1975年2月25日 初版第1刷発行 1994年8月10日 新装第1刷発行 |
【目次】
ある経験
輝しき編集
見つけて育てる
アンソロジー
変化の論理
統合の傾向
コンテクスト
つなぎ
アイロニーの三角形
二次的創造
結ぶ
桃太郎
関係価値
編集人間
p57
変化の論理
人間には動物性のタイプと植物性のタイプとがある。
ひとつの仕事、専門に立て籠もり、ほかのことには目もくれないのが植物性タイプである。動物性タイプは、同じところにじっとしていることを苦痛と感じる。興味にかられてつぎつぎ新しいことを追う猟犬のようなところがある。根をおろしたら無闇と動くことのできない植物と自由に走りまわらなくては気のすまない動物との差である。
イギリスの諺に、転がる石に苔は生えぬ、というのがあって、商売がえをする人間には金はたまらない、の意である。安定した社会では、みんなが勝手に動きまわったりしてはハタ迷惑で、転がる石、つまり、動物的人間は喜ばれないのである。このひと筋につらなる、といった名人気質が幅をきかす。
何でも屋が軽んじられて、専門家が大事にされる。いまの世の中は専門家の社会だといってよい。ところが、このごろ、すこしずつ、変わろうとする動きも出てきた。スペシャリストに対してジェネラリストが注目されるようになってきた。専門領域と専門領域との間で見のがされていた境界領域も脚光を浴びている。
■「転がる石に苔は生えぬ」は否定的な用いられ方だったのですね。
p127
二次的創造
学生の書くレポートにはよくカクテル・レポートがある。別にこんな名前があるわけではないが、自分で考えたことではなく、あれこれ参考書からあつめた抜き書きを適宜綴り合わせてつくり上げるところが、バーテンが数種の酒を混合してカクテルをつくるのとそっくりだから、ひそかにそう命名しているのである。 本当に自分で書いたとは言えないものを、いかにも自作であるような顔をするところが小憎らしい。お酒のカクテルは結構だが、カクテル・レポート、カクテル論文はいただけない。学生だけでなく、一人前のはずの研究者までカクテルをこしらえて悦に入り、味についての文句が出そうになると、台になった酒の素性を 明らかにして権威づけた方が賢明だという知恵もあるから、学生より手がこんでいる。論文にわけもなく脚注をつけて外国の最新の論文に言及したりするのは、 バーテンがスコッチのビンを麗々しく並べた棚の前でシェーカーを振っている姿を連想させないでもない。
ここ百年ほど日本の文化はひと口に言えばカクテル文化である。外国産の文明、文化からいろいろ借りてきて、これを何とかまぜ合わせたのがいわゆる近代文化になったというわけで、学者や学生のカクテル論文だけを責めるのは片手落ちかもしれない。
しかし、もうカクテルづくりはいい加減でやめにして、たとえまずくてもいいから地酒をつくるようにしなくてはいけないのではないか。そう考えたから、ついカクテルを目のかたきにして、地酒はどうしたらできるのかを思いめぐらすことが多かった。つまり、折衷に対して独創と創造の方法論は何かということである。
借用、模倣文化といわれる時代において、自分のものをこつこつと創り出すことはよほどの勇気を必要とすることで、それより出来上がった思想や技術を外国から移入する方がはるかに意義のあることに思われる。独創、独創と言葉では言っても、本当に独創が尊重されるのではない。スマートな消化の方が簡便に役に立つからその方が珍重される。どうしても、すぐれた才能がそういう方向へ流れることになるのである。カクテル文化はこまる、地酒文化が興らなくてはならない、とことあるごとに考えていて、いつしかカクテルほどつまらぬものはないように思うようになってしまった。
ところがこのごろ、すこし考えを変えるようになった。たしかに、近代の日本文化を見るとあまりに借り物ずくめで、自前のものを大切にすることを忘れているが、そして、それはまさしくカクテル文化というべきものであったと思うが、創造を忘れて模倣にのみ傾いていたから問題がおこってくるのであって、創造をふまえてのカクテルの調製はやはり独自の価値をもつものではないかと反省したからである。
人間の文化はすべて無からつくるような独創だけに依っているのではない。そういうものを仮に第一次的創造とするならば、その上に、あるいは、その後に、 第一次的創造を素材とした第二次的創造ともいうべきものがなくてはならない。第一次的創造でできたものは相互に脈絡を欠いてバラバラになっている。第二次的創造はそういうものにまとまりをつけ、互いに関係づける働きをする。カクテル文化で発揮されていた調和、調合の機能はまさにこの第二次的創造であるわけだ。地酒の必要性に目を奪われて、カクテルづくりにひそんでいる創造性を見落としてはならなかったのである。
■「カクテル文化」という言葉が目を引きました。インターネットなど普及する前の文章です。ところで、句読点の打ち方が特異なようです。漢字の用い方もかもしれません。
■この方への評価は二分されますね。
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