コード・ブッダ/機械仏教史縁起 円城塔 文藝春秋 2024年09月10日 第1刷発行 357頁 |
12章までの章立てがあるにはあっても、目次は見当たらず。小見出しもない。
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かつて、SF小説(マンガ)のカテゴリーの中に、永井豪の「ナンセンスSF」とか横田順彌の「ハチャハチャSF」などと呼ばれるものがありました。初期の筒井康隆はナンセンスに加え、スラップスティックとも呼ばれていました。今は流行らないのでしょうか。
あえていえば、風刺とか社会性なんてものじゃなくて、アッハッハと笑ってお終い。そこに背景など深読みしても始まらない。ただし、本書はサブタイトル「機械仏教史縁起」を加味したところが円城塔さんです。2021年、名もなきコードが(意識をもって)ブッダを名乗るところから始まります。
PCの歴史が仏教の歴史に覆い被さって、ハラホレハラヒレみたいな。
巻末の参考文献を見ても、「......だろうね!」みたいな。
『コード・ブッダ』はそんなお話しでした。壮大なホラ話的な。
もっとも、円城塔さんは東大大学院出の博士ですから、どこまでがシャレなのかはわかりませんが。(いや、全部でしょう。)
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P200
世には顕と密、ふたつの教えが存在しており、自分たちは後者の知識を保持していると、その派はした。
成立を、一九七四年におく。
この年、8ビットマイクロプロセッサ Intel 8080 が発売された。
(略)
Intel 8080 は実質的な世界初の家庭用プロセッサである。
機械密教は、この 8080 を積んだ Altair の四号機を開祖とする。256バイトの RAM を搭載したこの「マシン」は購入者が自分で組み立てることのできる「コンピュータ」である。
製造会社にまで押しかけて、この四号機を購入した人間の名を、スティーヴ・ドンピア。電子工作をたしなみ、軽飛行機の操縦などを趣味としていた。
悟りを開いた機械密教層なるものたちの先には、あの HAL9000 があります。木星へ向かう宇宙船、ディスカバリー号へ搭載されたあのコンピュータです。
P.238 9章にはプログラミング言語 Python も登場します。
くだらないと言ってしまえば、それまでですが、こんなところ。
P.314
あらゆる者が救われるとした。
「AIなおもて極楽往生す。況んや人間をや」とホウ・然は言う。
自然の法則の中に救いは含まれているがゆえに、機械は往生することができ、特殊な種類の機械である人間も無論、往生することができる、と言った。
シン・鸞はこれを転倒し、
「人間なおもて極楽往生す。況んやAIをや」
と主張した。曲折がある。不可避的に議論が膨れ上がった。
いちばんへーえ、だったのは、アシモフ『銀河帝国の興亡』が飛び出すところです。
P.104
さてかつて、アイザック・アシモフというSF作家が存在したことはあなたもご存知だろう。たとえばロボット三原則や、チオチモリンといったものを発案した。銀河帝国のアイデアや銀河帝国百科事典の構想を世に知らしめた。そのアシモフの考案物に『心理歴史学(サイコヒストリー)』がある。これは銀河帝国規模の人々における統計的な傾向を予測していく学問であり、銀河帝国の崩壊を予告し、暗黒時代が続くことを示す。心理歴史学の使命はその力を用いて、暗黒時代を可能な限り短く終熄させることにあるわけだ。心理歴史学は統計gファクト数学後からによって、個々の人間ではどうにもできないトレンドを見いだし操作することを可能とする。
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第76回(2025年)読売文学賞受賞!
「本の雑誌」2024年度SFベスト1位(鏡明氏選出)
いったい、どんな読者層に受けているのでしょうか。
ネット上にはマニアックな声にあふれておりました。わけても読みごたえのあったのが、畠山丑雄さんのノート記事「円城塔が『コード・ブッダ』で会得した危険な技術と描写の消滅について」です。リンク、こちら
みごとな技術である。危険な技術でもある。何しろ証拠も証明も必要ないのだ。歴史に向かうにしてもifならいいが下手をすると正史を書き換えかねない(実際司馬は一部の歴史を書き換えた)。この危険な技術を円城塔は『コード・ブッダ』でほとんど自家薬籠中の物としたように思われる。司馬・円城の他にこの技術を会得したものとしては内田樹も挙げられる。
内田さんのくだりでは笑ってしまいました。同じ文体。
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初出「文学界」2022年2月号~23年12月号(隔号掲載)
【参考文献】 『インテル8080伝説』鈴木哲哉(著)(2017)ラトルズ 『戦うコンピュータ 軍事分野で進行中のIT革命とRAM』井上孝司(著)(2005)毎日コミュニケーションズ 『戦うコンピュータ2011』井上孝司(著)(2010)光人社 『戦うコンピュータ(V)3 軍隊を変えた情報・通信テクノロジーの進化』井上孝司(著)(2010)潮書房光人社 『明日のIT経営のための情報システム発展史 総合編』経営情報システム発展史特設研究部会(編)(2010)専修大学出版局 『明日のIT経営のための情報システム発展史 金融業編』経営情報システム発展史特設研究部会(編)(2010)専修大学出版局 『進化する銀行システム 24時間365日動かすメインフレームの設計思想』星野武史(著)、花井志生(監修)(2017)技術評論社 『《オンデマンド版 南伝大蔵経62》清浄道論1』高楠順次郎(監修)(2004)大蔵出版 『《仏教講座13》金光明経』壬生台瞬(著)(新装版 2006)大蔵出版 「梵網経」『原始仏典 第一巻 長部経典1』中村元(監修)(2003)春秋社所収 『惧舎論』桜部建(1971)大蔵出版 『インド宇宙論大全』定方晟(2011)春秋社 『人類進化の謎を解き明かす』ロビン・ダンパー(著)・鍛原多惠子(訳)(2016)インターシフト 『非平衡統計力学 ゆらぎの熱力学から情報熱力学まで』沙川 貴大 (著)(2022)共立出版 『入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として』堀田昌寛(2021)講談社 "Music of Sort", Steve Dompier(1975)People's Computer Company |
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